農業――店頭に並ぶ前に失われる食べ物

膨大な量の食べ物が、そもそも店頭に並ぶ機会すら得られていません。世界全体で生産された食料のおよそ14%が、小売段階に届く前に失われているのです。世界の農業生産規模──年間約110億トンもの食料が生産されている──を考えると、この数字がいかに大きいかが分かります。

このようにサプライチェーンのごく初期で損失が起きると、その影響は「空腹」だけにはとどまりません。農業には土地、水、労働力、機械、肥料、輸送インフラなど多くの資源が必要です。小売段階より前に食料が消えてしまえば、それらの資源の多くが事実上「無駄に」使われたことになります。だからこそ、フードロス(小売前の食料損失)は、現代農業が抱える最も重要な隠れた問題のひとつなのです。

小売前の食料損失とは、生産はされたものの、店や市場で販売される段階まで到達しなかった食料を指します。言い換えれば、生産と小売のあいだのどこかで失われた食べ物のことです。

この概念が重要なのは、農業が巨大なグローバルシステムだからです。農業には、土づくり、作付け、栽培、収穫に加え、家畜の生産も含まれます。農産物には、穀物・シリアル、野菜、果物、食用油、肉、牛乳、卵、菌類などが含まれます。これほど多様な品目が農場とサプライチェーンを通じて動いているため、小売前に失われる割合がたとえ「わずか」に見えても、実際には膨大な物量の食料が消えていることになります。

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なぜ「14%」がこれほど深刻なのか

一見すると、14%という数字はそれほど大きくないように感じられるかもしれません。しかし、割合だけでは規模感が見えにくくなります。世界の農業生産が年間およそ110億トンだとすると、小売前の損失は食料システムにとって巨大な「抜け穴」です。

とくに重要なのは、農業が同時に多方面からの圧力にさらされていることです。農業は、増え続ける世界人口を養わなければならない一方で、環境劣化、気候変動、土壌の劣化、生物多様性の喪失、淡水需要の増大といった問題にも直面しています。食料が初期段階で失われるほど、限られた環境容量のなかで「十分な食料を確保する」ために、システム全体により大きな負荷がかかることになります。

農業生産や生産性が伸びてきたにもかかわらず、飢餓は依然として広く存在しています。2021年には、7億200万〜8億2,800万人が飢餓の影響を受けていました。食料不安や栄養不良は、紛争、気候の極端現象や変動、景気変動、所得水準や天然資源の保有状況といった構造的条件などから生じます。こうした状況を踏まえると、小売前の食料損失を減らすことの意味はさらに大きくなります。

1トンの損失の裏にある膨大な資源

食べ物は単なる「食べ物」ではありません。1トンの生産の裏には、多数の投入資源がセットで使われています。

農業は世界の淡水利用の70%を占めます。後発開発途上国や内陸の開発途上国の中には、農業用水の取水が総取水量の90%に達するところもあります。つまり、小売前に失われる食料は、「十分な便益をもたらさないまま使われてしまった水」をも意味しうるのです。

土地についても同じことが言えます。2021年には、世界の農地面積は約47.9億ヘクタールでした。1ヘクタールは約2.5エーカーです。農地全体のおよそ3分の1が耕地で、残りの約3分の2は恒久草地・牧草地でした。食料の生産には、これらの土地資源へのアクセスが不可欠です。同時に、農地拡大は生息地の変化や生物多様性の喪失など、大きな環境負荷とも結びついています。

さらに労働力があります。2021年には、農業は世界で8億7,300万人を雇用しており、全就業者の27%を占めていました。農場は農村社会を形づくり、農家を支える周辺産業も含め広く地域経済を支えています。小売前に食料が失われると、単に生産量が減るだけでなく、何百万人もの人々の労働によって生み出されるはずだった価値も損なわれます。

小さな農場と巨大農場が共存する世界で起きる損失

農業構造の違いも、こうした損失の重要性を理解するうえで欠かせません。

2021年時点で、小規模農家は世界の食料のおよそ3分の1を生産しています。その大多数は1ヘクタール以下の農場です。世界の農場の6つのうち5つは2ヘクタール未満ですが、これらが占める農地は全体の約12%に過ぎません。一方で、ごく少数の大規模農場が土地利用を支配しています。50ヘクタールを超える農場は全体のわずか1%ですが、世界の農地の70%以上を占めています。

この対比から分かるのは、課題の広がりです。小売前のフードロスは、特定のタイプの農場だけの問題ではありません。ごく小さな農家から超大規模経営まで、あらゆる規模で生じうる問題です。農場は農村の経済や社会構造に大きな影響を持つため、生産された食べ物を市場に送り届けるプロセスを改善できれば、その波及効果は非常に大きなものになりえます。

なぜ農業は「無駄な損失」を許容できないのか

現代農業は、農学、品種改良、肥料や農薬といった農業資材、技術開発の進展によって収量を大きく伸ばしてきました。1900年以降、多くの地域で機械化、化学肥料や農薬の利用、選抜育種などによって生産性は飛躍的に向上しました。

しかし、こうした成果にはトレードオフも伴っています。農業は、環境劣化の原因であると同時に、その影響を最も強く受ける分野でもあります。農業は気候変動、帯水層の枯渇、森林伐採、薬剤耐性、汚染などに寄与しており、逆に気候変動、土壌劣化、砂漠化、生物多様性の喪失によって、収量低下のリスクにもさらされています。

だからこそ、小売前の食料損失はコストが高いのです。農業がすでに生態系に大きな負荷をかけている状況で、生産物の一部が販売前に失われるということは、その環境コストが十分な社会的便益を生まないまま支払われていることを意味します。

水と土、そして「無駄」の代償

失われた収穫は、単なるカロリーの損失ではありません。それは、希少な自然資源への不必要な負荷も意味しうるのです。

多くの地域では、降水量が不足していたり変動が大きかったりするため、水管理が極めて重要です。農業は、淡水需要の増大に直面しながら、干ばつ、洪水、豪雨、その他の極端な気象現象にも対応しなければなりません。地域によっては帯水層の枯渇も進んでいます。不適切なかんがいは、塩類集積や過湿化を招き、いずれも土地劣化の一因となりえます。

土壌も同様に大きな圧力にさらされています。世界の農地のおよそ40%が深刻に劣化しているとされています。耕起は条件によっては生産性を高めますが、同時に土壌侵食を促進し、有機物から二酸化炭素を放出し、土壌生物の豊かさと多様性を損なう可能性があります。過度の施肥や家畜ふん尿の散布は、栄養塩の流出と富栄養化を引き起こします。富栄養化とは、水域に栄養塩が過剰に流入し、藻類の異常繁殖や魚の大量死、生物多様性の低下などを招く現象です。

小売前に食料が失われると、水と土壌へのこれらの圧力は変わらないまま、一部の生産価値だけが失われてしまいます。

気候変動で、食料損失はさらに重い問題に

気候変動と農業は強く結びついています。気温、降水パターン、嵐、熱波、病害虫、病気、大気中の二酸化炭素や対流圏オゾン、海面上昇などの変化は、いずれも農業に影響を与えます。人間活動による温暖化は過去50年間、中・低緯度地域を中心に農業生産性の伸びを鈍らせてきました。

温暖化は、作物や草地の品質、収穫の安定性にも打撃を与えています。気候変動は、とくに貧困層など脆弱な人々の食料安全保障リスクを高めると予測されています。地域によっては、1.5度の気温上昇の段階ですでに、かなりの割合の耕地が危機にさらされると見込まれています。

こうした、農業生産の不確実性が増す世界では、小売前の損失削減は単なる技術的な細部ではなく、「レジリエンス(しなやかな強さ)戦略」の中核に近い位置づけになります。店頭に届く前に相当量の食料が失われている状況で、気候ストレスが重なれば、その「漏れ」を正当化することはいっそう難しくなります。

技術と経営で損失を減らすチャンス

農業は常に変化してきました。人力の道具から家畜のけん引、動力機械化、デジタル機器、さらには人工知能を備えたロボットへと進化してきています。農業の自動化には、診断、意思決定、各種作業の効率を高める機械や装置が含まれます。精密農業、センサー、ドローン、自律走行機械などはその一例です。

これらの技術は、収量向上や作業の軽減という観点で語られることが多いものの、タイミングや判断、作業精度を高めることで生産システム全体の効率を上げるという点でも重要です。この考え方は、病害虫管理、施肥管理、かんがい、施設園芸や制御環境農業など、より広い生産技術にも当てはまります。

記事ではまた、飢餓リスクの低減には、単一の革新技術に頼るのではなく、複数の農業技術を組み合わせて活用することが有効だと指摘しています。国際食糧政策研究所(IFPRI)が引用するモデル分析では、複数の技術を同時に導入した場合、飢餓リスクにさらされる人々の数を大幅に減らせる可能性が示されています。

このことは、小売前のフードロスがより大きな文脈の一部であることを物語っています。課題は「どれだけ多く作るか」だけではなく、「すでに生産されたものをどれだけ無駄なく生かせるか」にもあるのです。

農場、水資源、家計にとっての意味

農場にとって、食料損失を減らすことは、同じ生産努力からより多くの価値を確保できる可能性を意味します。水資源にとっては、農業にすでに投じられている膨大な淡水を、より高い効率で生かすことにつながります。家計や経済にとっては、農業が雇用、農村社会、国家の政策と深く結びつく分野であるだけに、その影響はなおさら大きくなります。

各国政府は農業支援に多額の資金を投入しています。2021年の報告によれば、世界全体で農業生産者への支援は年間約5,400億米ドルに達し、農業生産額全体の15%に相当します。農業はまた、持続可能性、食料安全保障、補助金、市場アクセス、環境保全などをめぐる議論の中心にも位置しています。

したがって、食料の14%が小売前に失われているという事実は、単なる傷みや非効率の問題にとどまりません。それは、食料供給、資源利用、環境負荷、経済価値のすべてに影響する「システム全体の漏れ」なのです。

見過ごされがちなチャンス

世界はすでに、莫大な量の食料を生産しています。それにもかかわらず、その一部は販売される前に姿を消しています。同時に、農業は飢餓、気候リスク、水不足、土地劣化、環境破壊といった課題に直面しています。

だからこそ、「店頭に届く前の食料損失」に目を向ける必要があります。これは、農業の改善が「より多く作ること」だけではないことを示す最も分かりやすい例のひとつです。ときには、「すでに育てたものを、しっかり手元に残すこと」こそが、最大の成果につながるのです。

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