戦争はどう国家をつくったのか

冷酷に聞こえるかもしれませんが、政治史の大きな考え方を形づくってきた見方があります。戦争は単に国家同士のあいだで起きたのではなく、そもそも国家そのものを生み出し、その後も国家が戦争を続ける土台になった、という考え方です。

歴史学者・社会学者チャールズ・ティリーに結びつけられる重要な理論では、次の短い公式でこの考えを表しています。「戦争が国家をつくり、国家が戦争をつくった」。

この簡潔な言葉には、強力な歴史的主張が込められています。つまり、政府は最初からはっきりした国境や税制、軍隊、官僚制度などを備えた完全な姿で現れたわけではない、ということです。むしろ、こうした多くの制度は、組織化された暴力という強い圧力のもとで強化され、あるいは一からつくられていったのだ、と主張します。

国家とは、ある領域とそこに住む人々を統治する政治組織です。近代国家はふつう、資金を調達し、ルールを執行し、武力を組織し、一定の範囲を支配するための制度を備えています。ティリーの議論によれば、戦争こそが、支配者たちにこうした能力を発達させるよう強く迫った最大級の要因だというのです。

なぜでしょうか。それは、戦争が莫大な費用を要し、負担が重く、継続が難しいものだからです。

支配者が軍事的な脅威に直面したとき、必要になるのは兵士と物資、そして長期的な調整能力です。そのためには、とくに課税を通じて、住民から資源を集める仕組みが必要になります。また、人口を把握し、税収を管理し、軍事行動を指揮するための行政システムも欠かせません。端的に言えば、長期戦を戦い抜く必要性が、政府により高い組織化を迫ったのです。

この点で「戦争が国家をつくった」という言葉はとても印象的です。これは戦争がよいものだったという意味ではありません。戦争は一般に、広範な暴力、破壊、そして大量の死を伴います。ただこの理論は、戦争がもたらした圧力が、より強力な統治機構の形成を後押しした、と主張しているのです。

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なぜ戦争はより強い政府を生みやすいのか

長期の紛争は、どんな政治体制にとっても並外れた負担になります。支配者は、野心だけでは効果的に戦えません。持続的な戦争には次のようなものが必要です。

  • 資源
  • 組織力
  • 指揮命令系統
  • 軍事行動を継続する能力
  • 領土と人口に対する支配

こうした必要性が、ゆるやかな支配体制を、より中央集権的で持続的なものへと変えていきます。

政府が紛争を生き延びたいなら、一度だけ軍隊を動員すればよいわけではありません。継続的な仕組みが求められます。税を徴収し、物資を配分し、金や労働をすすんで差し出そうとしない人びとに対しても権威を維持しなければなりません。そうした戦時の要求が時間をかけて、戦場の外側にある政治制度をも強化していくのです。

ここから、ティリーの公式の後半――「国家が戦争をつくった」――も説明できます。いったん国家がより整った組織になれば、今度は戦争を遂行する能力も高まります。紛争を生き延びるためにつくられた制度そのものが、将来の戦争を続けやすくしてしまうこともあるのです。

戦争・強制・国家建設

ティリーはこの議論を、『強制・資本・ヨーロッパ諸国家 990–1992年』という、タイトルからして示唆的な著作で展開しました。ここでいう「強制」とは、人びとを従わせるために力や圧力を用いることです。国家建設の文脈では、強制には税の徴収、兵役の義務づけ、権威への服従を強いる力などが含まれます。

「資本」とは、富や収入など、政治権力を支える経済的な資源を指します。戦争はしばしば、この強制と資本を非常に密接に結びつけます。国家は戦うための資金を必要とし、その資金を得るために強制力を用いることがあります。逆に、資金へのアクセスを確保できれば、その国家は軍事力を維持しやすくなります。

このサイクルが制度を硬化させていきます。資源を徴収し、武力を組織できる政府は、より国家らしい存在になっていきます。こうした理由から、ティリーの理論は国家形成の研究において非常に大きな影響力を持つようになりました。

戦争は単なる暴力ではなく政治的なもの

戦争は単なるカオスではありません。ふつうは、国家同士、あるいは政府と、指揮命令系統と継続的な軍事行動能力を備えた武装組織とのあいだで行われる、組織だった武力紛争を指します。戦争の目的は、多くの場合、政治的・経済的・領土的な目標に関わっています。

この政治的な側面は、国家形成を考えるうえで重要です。もし戦争が領土、安全保障、権力、資源などをめぐって行われるのだとすれば、支配者はそれらを追求するための体制づくりを迫られます。戦争のニーズはたいてい、民生行政や法律、財政、インフラ整備の領域にまで波及します。

敗北を避けようとする試みでさえ、国家の能力を深めることがあります。脅威に直面する支配者は、自分が何を支配しているのか、どれだけ徴収できるのか、誰を動員できるのかを把握しなければなりません。これらはきわめて「国家的」な問いです。

長い歴史的パターン

国家が誕生したおよそ5,000年前から今日に至るまで、多くの地域で軍事活動は続いてきました。歴史全体を俯瞰すると、青銅器時代には専業の戦士や剣のような金属製武器が登場し、その後は火薬や急速な技術革新によって戦争のあり方が大きく変化した時期があったことも分かります。

こうした長い歴史の流れが、ティリーの議論を理解する枠組みを与えてくれます。戦争の形が変わると、国家もまた適応を迫られました。新しい武器、大規模な動員、新たな戦闘様式は、政治体制に新しい負担をかけます。資源を効果的に組織できない国家は、できる国家との競争で生き残るのが難しくなります。

とりわけ戦争が複雑になるとき、戦争と制度発展の関係は直感的に理解しやすくなります。より複雑な戦争には、より細かな計画、綿密な兵站、手厚い行政が必要です。兵站とは、軍隊の移動と補給を現実的に管理することであり、食料や輸送手段、装備など、あらゆる必要物資の調達を含みます。こうした仕組みがなければ、軍事力はあっという間に崩壊してしまいがちです。

理論の暗い側面

「国家建設」と「道徳的な進歩」とを混同してはいけません。戦争が制度をつくる助けになるとしても、その過程で莫大な苦しみを生み出します。

戦争はしばしば、インフラや生態系を大きく損ない、社会保障支出を減少させ、飢饉に拍車をかけ、戦闘地域からの大規模な移住を引き起こします。また、捕虜や民間人への虐待が伴う場合も少なくありません。紛争地域では日常生活が中断され、移動が難しくなり、一般市民が多大な負担を負うことになります。

民間人の被害はときに極めて深刻です。ほとんどの戦争では、民間人の大量死とインフラや資源の破壊が起こってきました。中規模の紛争であっても、民間人の平均寿命を縮め、乳児死亡率を高め、栄養失調を悪化させ、安全な飲料水へのアクセスを減らすことがあります。

したがって、「戦争が国家をつくった」と語る人たちは、戦争を称賛しているわけではありません。彼らは、ある歴史的メカニズムを説明しているのです。暴力と、それを生き延びようとする必要性が、支配者により強力な搾取・統制・行政の仕組みをつくらせたのだ、という見方です。

この考え方は戦争理論のなかでどこに位置づけられるか

戦争をめぐる理論は数多く存在し、どの動機がもっとも一般的かについて合意はありません。経済要因に注目する説明もあれば、人口動態、心理学、あるいは国際政治におけるパワー・ポリティクスに焦点を当てるものもあります。

ティリーの議論が際立っているのは、それが戦争の「原因」そのものを主に説明しようとする理論ではないからです。彼の関心は、むしろ戦争が政治組織にもたらす「結果」にあります。

この点で、次のような考え方とは性格を異にします。

  • マルサス的理論:人口増加と資源の希少性を戦争と結びつける理論
  • 合理主義的理論:交渉、情報の非対称性、コミットメント問題などに注目する理論
  • 国際関係論におけるリアリズム:安全保障、覇権、パワーシフトを重視する理論
  • 迂回戦争(転嫁戦争)理論:指導者が国内支持を高めるために対外紛争を利用しうるとする理論

ティリーの洞察は、原因と同じくらい結果についてのものです。いったん戦争が政治生活の常態になれば、それが社会を統治する制度のあり方を作り変えてしまう、と彼は主張します。

なぜこの理論はそれほど影響力を持つようになったのか

ティリーによる国家形成論は、国家形成研究の分野で「支配的」と評されることがあります。つまり、国家がどのように誕生し、権力を固めていったのかを説明しようとする際、多くの研究者が拠りどころにしてきた主要な理論枠組みの一つになったということです。

この理論の魅力の一端は、その明快さにあります。ティリーは、目に見えて劇的な出来事――戦争――と、構造的で長期的な変化――国家制度の成長――とを結びつけます。これによって、支配者が税制や行政機構、強制装置といった、コストがかかったり不人気だったりする制度を、なぜわざわざ整備したのかが説明しやすくなります。

またこの理論は、国家が時として矛盾した存在に見える理由も説明してくれます。のちに暴力を規制し秩序を維持するようになる制度が、実は何世紀にもわたる紛争によって形づくられてきたかもしれない、ということです。その意味で、国家は戦争から人びとを守る盾であると同時に、歴史的には戦争の産物の一つでもありうるのです。

戦争の姿は変わったが、問いは残る

1945年以降、列強同士の大規模戦争や領土征服、正式な宣戦布告は、その頻度を減らしてきました。戦争は国際人道法によってより厳しく規制されるようになり、軍事医療の進歩もあって、戦死者や負傷者の数も一部では減少してきました。

しかし同時に、戦争そのものが消え去ったわけではありません。1945年以降、内戦は絶対数として増加しており、この時期の多くの戦闘は、列強同士の戦争というよりも、内戦や反政府勢力による反乱として起きています。

この変化は、古い問いの現代版を投げかけます。かつて戦争が国家を強化するのに役立ったのであれば、今度は戦争が国家を弱体化させたり、分裂させたり、内部から正統性を揺るがしたりするとき、何が起きるのか――という問いです。

「戦争が国家をつくった」という昔の理論が今も人びとの関心を引きつけるのは、私たちの日常的な前提を逆転させるからでもあります。私たちはふつう、「国家が戦争を行う」と考えます。ティリーは、逆方向からも見てみるべきだと促します。もしかすると「戦争が国家をつくった」のではないか、と。

理論が投げかける逆説

この理論でもっとも印象的なのは、そのアイロニーです。自らを「正当な暴力の独占者」と位置づける制度が、その存在の一部を組織化された暴力に負っているかもしれない、という逆説です。政府は、紛争を抑え、規制し、ときには防ぐ役割を果たします。しかし歴史的には、その政府自身が戦う必要性によって鍛え上げられてきた可能性があります。

ここに、この理論の核心となる「ひねり」があります。戦争は、すでにできあがった国家が単に行う行為ではありません。この影響力の大きな歴史理論において、戦争は近代国家そのものを形づくる圧力の一つだったのです。

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