人類は「いつの時代も戦争をしてきた」という言い方は印象的ですが、実際のところは、はるか昔にさかのぼるとずっとはっきりしません。人類や社会、文化を研究する人類学者たちのあいだでも、「ごく古い先史時代にも戦争が当たり前だったのか」「それとも農耕や国家の成立以後に重要性を増したのか」で意見が分かれています。
こうした不確かさが生じる理由は単純で、時間をさかのぼるほど証拠が乏しくなるからです。とくに旧石器時代の遺物は少なく、断片的です。そのため、初期の人類が集団同士で組織的な戦闘を日常的に行っていたのか、それとも私たちが明確に「戦争」と呼べるようなものとはほぼ無縁だった共同体も多かったのか、はっきりと言い切るのはむずかしいのです。
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なぜ、この問いに答えるのが難しいのか
先史時代とは、文字による記録が残っていない人類史の長い期間を指します。文書がない以上、歴史学者や人類学者は、遺骨や道具、傷のパターン、集落跡など、何千年も残りうる物理的な痕跡に頼るしかありません。旧石器時代については、その痕跡がとくに限られているため、議論が決着しないままなのです。
研究者の中には、中期・後期旧石器時代の社会の多くは、基本的に平等主義的だった可能性が高いと主張する人もいます。ここでいう「平等主義的」とは、身分や権力の大きな格差がなく、強力なヒエラルキーも存在しない社会構造を意味します。この立場からは、そうした社会では、集団同士の組織的な暴力はきわめてまれか、あるいはほとんど存在しなかったと考えられます。
とはいえ、それが「暴力がまったくなかった」という意味ではありません。問題の核心は、個人どうしの揉め事や散発的な争いではなく、組織的な戦争──持続的で、集団単位で行われる武力衝突──があったかどうかにあります。断片的な証拠だけをもとに、それらを区別するのは容易ではありません。
旧石器時代の状況が不確かな一方で、およそ1万年前に始まる中石器時代になると、暴力的な衝突を示す証拠が増えてくるように見えます。中石器時代は、旧石器時代と、その後の農耕が広がる時代との中間に位置する「移行期」です。
証拠が増えるからといって、この問題が完全に解決されたわけではありません。しかし、何かが変化した可能性は示唆されます。戦争が後になって増えたと考える研究者たちは、社会組織の変化や資源競争の激化などを指摘します。共同体がより定住的になり、特定の豊かな環境に強く依存するようになれば、対立も起こりやすくなったかもしれません。
アメリカの人類学者・民族学者レイモンド・ケース・ケリーは、そのような議論の一つのモデルを提示しました。彼によれば、40万年前以前の人類の集団間の衝突はチンパンジーの群れ同士の衝突に近かったものの、その後は近隣集団との狩猟協力や交易、婚姻関係など、より肯定的で平和的な社会関係が重視されるようになったとされます。ケリーは「戦争のない社会」と「戦争の起源」をめぐる研究の中で、「余剰生産」が多いほど戦いが起こりやすい、すなわち略奪は最も豊かな環境から始まりがちだという考えを展開しました。
ここでいう余剰生産とは、社会が当座の生存に必要な量を超えて資源を保有している状態です。そうした余剰は共同体を豊かにし、強くもしますが、その一方で他者から狙われる標的にもなりえます。
議論を分ける最大のポイント
この問題をめぐる大きな対立軸の一つは、「戦争は人類社会にほぼ普遍的に存在してきたのか」「それとも特定の歴史的条件のもとで現れたのか」という点です。
ローレンス・H・キーリーは、前者の立場を強く主張しました。彼は1996年の著作『文明以前の戦争(War Before Civilization)』で、歴史上知られている社会のおよそ90〜95%は、少なくとも時折は戦争を行っており、多くの社会ではほぼ絶え間なく戦っていたと論じました。キーリーは、小規模な襲撃、大規模な襲撃、虐殺など、初期の戦闘の様々な形態を挙げ、いわゆる「未開社会」でもこうした手段が用いられていたと主張しています。
また彼は、初期の戦争における襲撃は、必ずしも高度に組織化されてはいなかったとも指摘します。参加者の多くは専門的な軍事訓練を受けておらず、とくに資源が乏しい地域では、防御施設を築くことが敵の襲撃から社会を守る手段として、常に費用対効果に優れていたわけでもないと論じました。
こうした見方は、先史時代や非国家社会を、かつてのロマンチックなイメージ以上に「戦闘的で戦争の多い存在」として描き出します。
しかし、それが唯一の解釈ではありません。別の研究者たちは、戦争はもっと後になって生まれた現象であり、とくに農耕の発展、人口の高密度化、組織化された政治構造、資源をめぐる競合の激化といった社会条件の変化と結びついていると考えます。この立場では、戦争は時代を超えて変わらない人間の「常態」ではなく、社会が複雑化していく過程で形づくられたものだとみなされます。
「戦争」とは、そもそも何を指すのか
対立が生じる一因は、定義の違いにもあります。戦争は、単なる暴力行為全般を指す言葉ではありません。一般的には、一定の指揮系統をもつ組織化された集団どうしが、武力を用いて継続的な戦闘行為を行う状態を指します。ごく初期の社会では、「襲撃」や「私的な抗争」と「戦争」の境界はあいまいになりやすいのです。
そのため、似たような証拠を見ても、研究者によって解釈が分かりえます。ある人はそこに組織的な戦闘の痕跡を見るかもしれませんし、別の人は散発的な暴力にすぎず、「本格的な戦争」と呼べる水準には達していないと判断するかもしれません。
つまり、この議論は単に骨や遺物の読み方だけではなく、「戦争」をどう定義し、どれほどの組織性があってはじめて集団間の暴力を「戦争」とみなすのか、という概念レベルの話でもあるのです。
国家出現以前の暮らしは、平和でもなく、終わりなき暴力でもない
先史時代の人類をめぐっては、「本来は平和で無垢な存在だった」という物語と、「絶え間ない残酷な争いに明け暮れていた」という物語のどちらかを選びたくなりがちです。しかし、ここまで見てきた証拠はいずれの極端なイメージも、完全には裏づけていません。
一方では、多くの旧石器時代の社会は比較的平等で、組織的な戦争はまれだった、あるいはほとんどなかった可能性を示す資料があります。他方で、中石器時代以降になると暴力的な衝突を示す証拠が増え、歴史上知られる社会の圧倒的多数が、少なくとも時折は戦争を経験していると主張する研究者もいます。
そう考えると、より複雑な可能性が浮かび上がります。すなわち、人間社会は実に多様であり、長いあいだ組織的な戦争とは無縁に暮らした集団もあれば、頻繁に襲撃や戦闘を行っていた集団もあった、ということです。そして、大きな社会変化は、対立がどれほど頻繁に起こるか、またどれほど組織化され、どれほど致命的になるかを変えてしまったのかもしれません。
先史時代の争いから国家の登場へ
約5000年前に国家が成立しはじめると、その後は世界の多くの地域で軍事活動が続くようになります。このことは、先史時代の戦争をめぐる議論にとっても重要です。なぜなら、社会がより構造化され、政治的に組織されるようになるにつれ、戦争もまた、識別しやすく、継続しやすい行為になっていったと考えられるからです。
その後の時代には、戦争の「激化」が何度も起こりました。青銅器時代はその代表例とされ、専業の戦士階級や、剣のような金属製武器が登場しました。さらに後世になると、火薬などの技術革新が戦争のあり方を大きく変えていきます。
こうした長い歴史から、「先史時代の人類が常に戦争していた」と直接証明できるわけではありません。しかし、戦争という現象そのものが時代とともに大きく変化してきたことはわかります。これは、戦争が固定的で不変の人間行動ではない、という考えを支えています。たとえ争いそのものは非常に古いものであったとしても、その規模や組織のされ方、社会的な意味は大きく変わってきたということです。
では、先史時代の人類は、いつも戦争していたのか?
もっとも正確に言えば、「はっきりとはわからない」というのが答えになります。
人類学者の間でも意見は割れています。旧石器時代の証拠はあまりに乏しく、決定的な結論を出すには足りません。多くの初期社会が平等主義的で、組織的な戦争はまれか、あるいはほとんどなかったと考える研究者もいます。一方で、暴力的な衝突を示す証拠はおよそ1万年前以降の中石器時代から強まっていきます。また、知られている社会の90〜95%で戦争が確認されるとみる立場と、戦争は特定の社会条件のもとで生じた「後発の現象」だとみる立場とのあいだには、いまも大きな学説上の断絶があります。
この不確かさこそが、この問題を興味深いものにしています。人類の争いの歴史は、「果てしない戦争」から始まったわけでも、「完全な平和」から始まったわけでもなく、そのどちらの要素も入り混じった、まだ解明しきれていない複雑な物語なのかもしれません。
なぜ、いまもこの議論が重要なのか
「先史時代の人類は、いつも戦争をしていたのか」という問いは、突き詰めれば「私たちはどのような種なのか」という問いでもあります。もし戦争が人類の歴史を通じて常に存在してきたのだとすれば、多くの人は戦争をほとんど避けられないものだと感じるでしょう。逆に、戦争が特定の社会条件のもとで生まれてきたのだとすれば、人類はそれを減らし、形を変え、あるいは避けることも可能だという見方が成り立ちます。
現存する証拠は、簡単でわかりやすい結論を与えてはくれません。ただし少なくとも、戦争には歴史があり、その歴史は変わりうる、ということは示しています。


















