国家はいかにして生まれたか

人類史のほとんどの期間、人びとは国家のもとで暮らしてはいなかった。この事実そのものが、現代を生きる私たちには意外に感じられるかもしれない。いまの生活は、国境や政府、法律、公務員、さまざまな制度によってすっかり形づくられているからだ。しかし、国家という仕組みは比較的あたらしい政治上の発明であり、人間社会の「当たり前の姿」ではない。

政治的な広い意味での「国家」とは、一定の領域のなかで社会と人口を統治・調整する政治的実体を指す。現代では、その中核を担う装置が「政府」と呼ばれる。もっとも、国家と政府は同じものではない。国家は長期にわたって存続する政治組織そのものであり、政府はある時点でその組織を運営している特定の人びとの集まりにすぎない。

より深い歴史をたどると、人びとは非常に長いあいだ、中央集権的な国家などまったく持たないまま社会生活を営んでいたことがわかる。そして、ある条件のもとで権力が集中し、持続的で、行政的な性格をもつようになったとき、はじめて最初の国家が姿を現しはじめた。

先史時代の大部分を通じて、人びとは「無国家社会」に暮らしていた。ここでいう無国家社会とは、中央政府や、常設の専門的な国家機構をもたない社会のことである。だからといって、秩序や協力、制度が存在しなかったわけではない。単に、政治的権威が、今日の国家のような形で集中してはいなかったという意味だ。

こうした無国家の組織形態は、ごく一部の例外ではなく、人類史の大半を通じて「普通のあり方」だった。牧畜や農耕にもとづく、かなり大規模で複雑な部族社会でさえ、フルタイムの国家機構なしに成り立っていた。じっさい、無国家の形態は先史時代を通じて、そして歴史時代のかなりの部分にまで広がって存在していた。

この事実が重要なのは、社会は組織化されさえすれば自動的に中央集権的な国家へと発展していく、という思い込みに疑問を投げかけるからだ。人間の共同体は、国家のような正式な制度ができるはるか以前から、さまざまなやり方で共に暮らし、争いをおさめ、資源を分かち合い、慣習を保ってきた。

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なぜ国家の出現はそれほど遅かったのか

もっとも早いかたちの国家が成立したのは、今からおよそ5500年前だと考えられている。これは、人類史全体のスケールから見れば、きわめて遅い時期にあたる。この「遅れ」は重要なことを示している。国家の成立には、特別な条件が必要だった、ということだ。

国家が生まれたのは、権力を持続的なかたちで集中させることが可能になったときだった。「持続的」という点が肝心だ。一時的なリーダーや、ゆるやかな権威だけでは足りない。国家には、個々の支配者をこえて存続し、時間を通じて機能しつづける制度が必要になる。

時間の経過とともに、社会はより階層化し、富や身分の不平等がいっそうはっきりしていった。同時に、中央政府を成り立たせる制度も発達していった。都市が成長するにつれて、こうした政府は「国家能力」を獲得していく。国家能力とは、実際に統治をおこなう力――規則を施行し、資源を徴収し、秩序を維持し、領域を管理する能力のことだ。

都市の成長が重要だったのは、人口が密集したほうが、散在する共同体に比べて、統治・課税・統制がしやすくなるからだ。さらに、不安定さや領土をめぐる競争も、中央集権化を後押しした。外部のライバルや土地をめぐる圧力にさらされると、より強く、より中央集権的な政治構造のほうが望ましい、あるいは必要だとみなされるようになる。

農耕の登場はすべてを変えた

国家形成の物語のなかで、最大級の転換点となったのが定住農耕である。新石器時代には、農耕の開始、定住生活、人口密度の上昇、土器の利用、より複雑な道具の出現など、大きな経済的・文化的変化が相次いだ。

農耕は、国家が成長しうる条件をつくり出した。人びとが農業をはじめ、定住した共同体で暮らすようになると、いくつもの変化が生まれた。

第一に、農耕は食料の余剰生産を可能にした。余剰とは、生きのびるためにただちに必要とされる量をこえて生産された分を指す。社会が各家族の消費量を上回る食料を生産できるようになると、もはや全員が一日中食料獲得に費やす必要はなくなる。

そこから労働の分業が生まれた。分業とは、すべての人が同じ仕事をするのではなく、異なる人びとがそれぞれ異なる役割を専門的に担うことを意味する。ある人びとは農耕を担い、別の人びとは行政官、職人、宗教的指導者、あるいは支配者となることができる。

第二に、定住農耕は人口の増大と家族規模の拡大を促した。恒久的な集落は、人びとを一か所に集め、それによって社会の複雑さを高めていった。

第三に、農耕は、土地や作物・家畜の「所有権」と強く結びついた。これによって、土地や資源、生産物を支配するという発想がいっそう強化されていった。

初期の国家は、多くが高度に階層化された社会だった。特権と富をもつ支配階級が、その下の労働する大衆の上に君臨していた。この違いは、権力や富の差だけでなく、建築様式や、支配者層と庶民を区別するさまざまな文化的慣行にもあらわれていた。

なぜ穀物はほかの多くの食料より重要だったのか

もっとも、あらゆる種類の農耕が等しく国家形成に寄与したわけではない。なかでも重要だったのは、小麦・大麦・キビ・米・トウモロコシといった穀物である。

なぜかというと、穀物は集中的な生産・貯蔵・課税にとても適していたからだ。魚や乳製品などの傷みやすい食料とちがい、穀物は適切に保管すれば長期保存がきく。そのため、農民にとってだけでなく、支配者や略奪者にとっても価値の高い財となった。

とくに貨幣がまだ一般的でなかった古代社会では、税はしばしば農産物のかたちで徴収された。保管・計量・運搬・警備がしやすい作物は、その目的にうってつけである。穀物は、すぐに腐ってしまう食料よりも、こうした条件をはるかによく満たしていた。

このことは、穀物を栽培する社会が、税を徴収する支配エリートによる階層的な構造を発達させやすかった一方で、イモ類など根菜により多く依存する社会では、同じかたちのヒエラルキーが同程度には形成されなかったことを説明する手がかりとなる。穀物農業は、エリートが資源を蓄積し、政府が行政システムを維持しやすくする土台を与えたのである。

つまり、農耕は単に人びとの胃袋を満たしただけではない。特定のかたちの農耕は、「収奪」を可能にもした。収奪とは、課税や貢納などを通じて、統治を支えるために必要な資源を獲得することを意味する。

文字と官僚制が大規模な統治を可能にした

とはいえ、農耕だけで国家が生まれたわけではない。もう一つ重要だったのは、情報を記録し管理するための仕組みの発達である。

文字は、多くの地域で国家形成と深く結びついていた。文字によって支配者や役人は、重要な情報を把握できるようになった。税・物資・労働力・行政に関する詳細を記録として残すことができたのである。この意味で、文字は権力の集中に貢献した。情報が、記憶やローカルな慣習だけに頼らなくて済むようになったからだ。

この記事では、文字と同等の機能をもつ「記録システム」が類似の役割を果たしうることにも触れている。政治的な観点から見れば、どちらも統治に必要な情報を蓄積・整理するという基本的機能は同じである。

官僚制も同じくらい重要だった。官僚制とは、政府を運営するための役人・役所・文書管理の体系のことだ。官僚化が進むことで、より広い領域を統治することが可能になった。一つの都市や局地的な地区をこえて支配が広がると、個々人の人格的な威信だけではもはや足りない。役人、決められた手続き、そして記録が不可欠となる。

文字と官僚制が組み合わさることで、初期の支配者たちは、より大きな人口と、より広大な領域を管理する道具を手にした。こうして、中央政府は一時的なものではなく、持続しうる存在となりえたのである。

都市・競争・不安が中央集権化を後押しした

都市の勃興は、国家能力の拡大と深く結びついていた。都市は、人びと・労働力・資源・権力を一か所に集中させる。こうした集中は、行政をより必要なものにすると同時に、実行しやすいものにもした。

もっとも、中央集権化の原動力は都市の成長だけではなかった。不安定さや領土をめぐる競争も大きな役割を果たした。他の集団との対立に直面すると、軍事防衛を組織し、権限を一元化しようとする圧力が高まる。

ここから、より広い国家形成の理論とのつながりも見えてくる。戦争と国家は、しばしば同時に発達してきたという考え方である。影響力のある一つの見解によれば、「戦争の遂行」「国家の形成」「保護」「収奪」は互いに結びついている。簡単にいえば、支配者はライバルと戦い、国内の競合相手を押さえつけ、自分たちが住民を守っていると主張し、そのための戦争や統治を続けるために資源を徴収した、ということになる。

もちろん、すべての国家がまったく同じ過程で生まれたわけではない。しかし、紛争と競争が、ゆるやかな社会組織から中央集権的な統治への転換を加速させうることは見てとれる。

灌漑と「調整する力」の政治性

地域によっては、農業は種をまき収穫するだけではすまなかった。とくに灌漑が必須の場所では、大規模な協調が求められた。

古代エジプトは、灌漑農業と結びついた一例である。ナイル川の氾濫を利用するには、農民どうしの協力が欠かせなかった。個々の農民には、その洪水を制御する力などない。水を有効活用するには、運河を整備し、複数の耕地にわたって水を配分することが必要だった。

こうしたシステムには、最初の建設に莫大な費用――大きな固定費――がかかった。そのため、灌漑への支配は強力な政治的資源となった。農業が灌漑に大きく依存する社会では、土地と水を握るエリートが、とりわけ強大な力を持ちうるのである。

この種の協調の必要性は、なぜ中央集権的権威が根を下ろしやすかったのかを説明する一助となる。もし社会全体が、管理を必要とする大規模なシステムに依存しているなら、そのシステムを支配する者は、社会そのものも支配しうるからだ。

最初に知られている国家

人類史上、国家として確認されているもっとも早い例は、エジプト、メソポタミア、インド、中国、メソアメリカ、アンデス地方で生まれたものだ。これらが、初期史における唯一の重要な社会だったわけではないが、「国家構造が明確にあらわれた最初期の事例」として位置づけられている。

なかでもメソポタミアは、しばしば特に重要な地域とみなされる。最初の文明、あるいは「複雑な社会」が生まれた場所と考えられているからである。そこには都市があり、フルタイムの分業、富の集中、支配階級、遠隔地との交易、巨大建築、文字、そして最初の成文法典が存在した。また、世界で最初の「文字をもつ文明」でもあった。

こうした特徴は、初期国家の特質をよく示している。初期国家は、単に大きな村になっただけではない。専門化した制度、社会的不平等、法制度、権力を集中させる仕組みを備えた社会だったのである。

国家は必然ではなく、代替的な形態も長く残った

国家がいったん登場したからといって、すぐに世界のすべてを覆いつくしたわけではない。別の政治形態は、非常に長いあいだ並存し続けた。宗教組織や都市共和国は、有力なライバルとなる政治形態だった。都市国家は、かつては比較的一般的で、しばしば成功もおさめていた。

この長期にわたる共存は、国家が自動的な最終到達点ではなかったことを、あらためて思い出させてくれる。異なる政治組織のかたちは、場所や事情に応じて、それぞれの理由から生き延びてきたのだ。

ごく近代にいたるまで、国家が地球上の無国家的な形態をほぼ完全に置き換えることはなかった。今日では、ほぼすべての可住地が、ある国家に属し、ある程度明確な国境で区切られている。この事実だけ見ると、国家はあたかも永遠不変の存在のように思えるかもしれない。しかし、そうではない。

本当の驚き:組織化された生活が先にあり、国家はあとから来た

この物語でもっとも興味深い点は、おそらくここにある。すなわち、人間の複雑な生活は、国家から始まったのではないということだ。人びとは、中央集権的な国家が存在するはるか以前から、協力し、食料を生産し、共同体を築き、社会関係を組織して生きてきた。

国家があらわれたのは、持続的な中央集権が可能になる条件がそろったときだけだった。つまり、定住農耕、食料の余剰生産、分業、人口の増大、社会の階層化、文字、官僚制、都市、そして不安や競争から生じる外的圧力といった条件である。地域によっては、灌漑システムや資源支配も、権力集中をさらに押し進める要因となった。

「国家はいかに始まったのか」と問うとき、答えは「人類が突然、政府というアイデアを思いついたから」ではない。むしろ、非常に長い無国家の時代を経たのち、一部の社会が、権力を中央に集め、組織化し、持続させることを可能にする物質的・社会的条件を発達させた、ということになる。

それこそが国家を可能にした条件であり、その出現が遅く、なおかつ世界を一変させる出来事となった理由でもある。

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