第二次世界大戦というと、劇的な会戦や有名な上陸作戦、大規模な攻勢が思い浮かびがちです。しかし前線の背後では、もうひとつの戦いが続いていました。工場、燃料、輸送、そして生産力をめぐる戦いです。長期にわたる消耗戦では、勝敗は戦場での用兵の巧拙だけで決まりません。どちらの陣営が、敵に破壊されるよりも速いペースで、艦船・戦車・航空機・トラック・火砲・弾薬を作り続けられるかにかかっていました。
その点で、戦局の天秤は決定的に枢軸国側から離れていきました。
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電撃戦から消耗戦へ
戦争の初期、ドイツと日本は目覚ましい戦果を挙げました。ドイツは「電撃戦」と呼ばれる、戦車・航空機・歩兵を緊密に連携させ、敵陣を突破して一気に進撃する戦法を用い、ポーランドやフランスといった国々を短期間で打ち破りました。日本もまたアジア太平洋地域で急速に勢力を拡大し、広大な領土を占領しつつ連合国軍に甚大な損害を与えました。
しかし、速い勝利と、世界規模の戦争を維持し続けることとは別問題です。
1942年頃までには、この戦争は消耗戦の性格を強めていきました。消耗戦とは、兵員・装備・資源の損耗を長期的に積み重ね、相手の戦力をすり減らしていくたぐいの戦いです。この種の戦争では、工業力が決定的な意味を持つようになります。陸軍には、兵器や車両の継続的な補充が不可欠です。海軍には新造艦艇や輸送船が必要です。空軍には新たな航空機と訓練を受けた乗員を途切れなく供給しなければなりません。たとえ強力な軍隊であっても、工場が戦争のペースについていけなければ、いずれ行き詰まります。
アメリカ合衆国とソ連が本格的に参戦し、他の連合国と足並みをそろえたことで、戦争の工業面の比重はいっそう大きくなりました。
開戦前から、連合国は人口と経済力の点で大きな優位性を持っていました。1938年時点で、イギリス、フランス、ポーランド、イギリス自治領といった西側の連合国の人口は、ドイツとイタリアという欧州枢軸国に比べて約3割多く、国内総生産(経済全体の生産額)もおおよそ3割上回っていました。植民地を含めると、その差はさらに拡大します。
アジアでは、中国は日本よりはるかに多い人口を抱えていましたが、その経済生産性は大きく劣っていました。つまり、人口の多さだけでは勝敗は決まりません。重要なのは、人・資源・工業能力をいかに軍事力へと変換できるかという点でした。
そこでこそ、連合国の強みが発揮されました。
アメリカ合衆国は第二次世界大戦中、連合国が使用した軍需物資全体のおよそ3分の2を生産しました。そこには軍艦、輸送船、軍用機、火砲、戦車、トラック、弾薬などが含まれます。これは些細な差ではありません。連合国軍は損失を補い、新しい軍隊を装備し、複数の戦線を支え、ヨーロッパ、大西洋、北アフリカ、太平洋の各戦域で同時に圧力をかけ続けることができた、という意味でした。
ソ連もまた、莫大な人的・物的損失を被りながらも、依然として巨大な兵力と生産力の供給源であり続けました。ドイツの初期攻勢がソ連を屈服させられなかったことで、ソ連は軍事的ポテンシャルの相当部分を保持し、やがて圧倒的な攻勢に転じていきます。
なぜ枢軸国の生産は後れをとったのか
枢軸国も工業力において決して弱小ではありませんでしたが、長期戦では太刀打ちできませんでした。
ドイツと日本を大きく不利にした要因はいくつかあります。
第一に、両国とも「総力戦」体制にふさわしい規模で女性を労働力として動員することに消極的でした。近代的な工業戦においては、鉄鋼と同じくらい労働力が重要です。工場に動員される労働者が少なければ、生産量も伸び悩みます。
第二に、ドイツが本格的な戦時経済体制への移行を遅らせたことです。戦時経済とは、産業・労働力・資源配分を軍事目的に合わせて再編する体制を指します。その移行が遅れた結果、戦争の要となる時期に時間を失い、生産量を十分に引き上げられませんでした。
第三に、ドイツも日本も、そもそも長期の消耗戦を想定していませんでした。短期間での電撃的勝利を狙っていたため、世界規模の持久戦に耐えうる体制を整えきれていなかったのです。戦争が長引くにつれ、そのギャップはますます明らかになっていきました。
第四に、連合国による戦略爆撃が、枢軸国の生産能力とインフラを損なったことが挙げられます。戦略爆撃とは、前線の兵士だけでなく、敵の工業地帯や輸送網、戦争を支える経済そのものを標的にする空襲を意味します。1943年6月、イギリスとアメリカはドイツを対象とした戦略爆撃作戦を本格的に開始し、戦時経済を混乱させ、士気を挫き、都市住民を居住不能に追い込むことを狙いました。初期の代表例として、重要な工業都市であったハンブルクへの大規模な焼夷爆撃があり、多数の死傷者と甚大なインフラ被害をもたらしました。
こうした打撃の影響は累積的なものでした。枢軸国は複数の戦線で戦いながら、工場や輸送網、港湾、燃料供給拠点まで守らなければならなくなったのです。
産業力が軍隊の行動範囲を決める
戦争後半の戦場で起きたほぼすべての出来事には、工業力が色濃く影響していました。
戦車部隊は、トラックや予備部品、燃料、弾薬なしには動けません。海軍は、造船所と輸送船がなければ遠方に戦力を投射できません。空軍も、消耗の激しい航空戦を戦い抜くには、航空機工場が継続的に新機を送り出す必要があります。
これは特に、機械化された戦争で顕著でした。第二次世界大戦では、戦車、航空機、潜水艦、レーダー、航空母艦、暗号解読、大量輸送など、多くの技術が大きく進歩しました。しかし、どれほど先進的な技術でも、大量に生産され、継続的に運用されてこそ意味を持ちます。
だからこそ、生産量がそれほど重要だったのです。消耗戦では、物資不足が手痛い弱点になります。片方の陣営が艦船を失っても補充でき、航空機を失っても新型機で置き換え、戦車を失っても新たな戦車を前線に送り出せるなら、その陣営は、工業力で劣る相手なら致命傷になりかねない打撃を吸収できることになります。
1942年までには、連合国はその段階に達していました。奇襲と速攻という点での不利は、枢軸国を凌駕する生産能力によって次第に相殺されていったのです。
初期の枢軸国の猛攻のあとに訪れた転換点
ドイツのヨーロッパにおける電撃戦の連勝と、日本のアジアでの急速な征服は、一見すると止めようのない勢いを感じさせました。しかし、こうした勝利は深刻な問題を覆い隠してもいました。急激な攻勢は膨大な物資を消費し、占領した領土を維持するには、さらに多くの資源が必要になったのです。
戦線が拡大するにつれ、枢軸国は複数の戦域で同時に戦わざるを得なくなりました。ドイツは西ヨーロッパや大西洋、北アフリカ、地中海に加え、1941年6月のソ連侵攻後は東部戦線という最大の戦場を抱えました。日本は中国、東南アジア、太平洋の広大な地域で戦闘を続けました。
その一方で、連合国側は強化されていきます。日本が1941年12月に真珠湾を攻撃すると、アメリカ合衆国が参戦し、続いてドイツがアメリカに宣戦布告しました。ソ連はすでにドイツ軍との大規模な戦闘に巻き込まれていました。こうして大国が総力を挙げて参戦したことで、戦争は単なる軍隊同士の戦いではなく、国力全体をぶつけ合う「総力戦」となっていきます。
1942年までには、この論考が指摘する大きな構図がはっきりしてきます。ドイツと日本による初期の電撃的攻勢は、その優位性をほとんど使い果たしてしまっていました。戦争は消耗戦へと移行し、その段階では、連合国の優れた資源へのアクセス、より大きな生産基盤、持続的に生産を続ける力が決定的な意味を持つようになったのです。
生産力・兵力・資源が枢軸国の勢いを削いでいった
工業力だけが単独で勝敗を左右したわけではありません。生産力は、兵力と資源へのアクセスと結びついて力を発揮しました。
この論考は、戦争初期の電撃戦の段階では、連合国の経済力と人口の優位がある程度相殺されていたと指摘しています。しかし戦いが長期化すると、その優位性を枢軸国側が覆すのは次第に困難になっていきました。人口が多ければ、それだけ多くの兵士と労働者を動員できます。経済規模が大きければ、より多くの兵器・車両・兵站支援を供給できます。豊富な天然資源を確保できれば、その工業生産を支え続けることができます。
一方で枢軸国は、防御主体の戦争を戦いながら、莫大な損失を補うという二重の負担に直面しました。ドイツは、ソ連への進撃が失敗に終わり、スターリングラードやクルスクといった消耗戦を経る中で、徐々に戦力を削り取られていきます。太平洋では、日本はミッドウェーやガダルカナルでの敗北により、これ以上の攻勢拡大が難しくなりました。一度主導権を失うと、艦船や航空機、訓練された人員を補うことがますます困難になっていきました。
これに対して連合国は、継続的な攻勢を維持できました。北アフリカで戦い、イタリアに上陸し、ドイツ本土を爆撃し、1944年にはフランス本土への再上陸を果たし、同時に太平洋でも前進を続けました。こうした世界規模の攻勢には、途方もない生産力が必要でした。
「国家総動員」の時代に戦われた近代戦
第二次世界大戦の帰趨は、将軍たちの用兵や戦場での戦術だけで決まったのではありません。鉱山、組立ライン、造船所、燃料供給網、輸送システム、労働政策といった要素もまた、勝敗を分ける重要な要因でした。総力戦のもとでは、銃後の社会そのものが戦場の一部となるのです。
最終的な結果は、その現実を反映したものでした。枢軸国は、電撃戦や連携攻勢において恐るべき軍事的威力を発揮しましたが、最終的には、より多くの兵士を動員し、失った装備をより多く補い、近代戦が必要とするあらゆるものをより大量に生産できる敵によって、徐々にすり減らされていきました。
工場があったからといって、それだけで勝利が自動的に約束されたわけではありません。しかし、戦争が長期の消耗戦に変わった時点で、工業生産力は、連合国が優位に立つようになった最も明瞭な理由のひとつとなりました。火力は戦闘に勝つ力を与えます。だが、火力を作り続ける力こそが、長い戦争に勝つ力なのです。




















