生物学:遺伝子・DNA・遺伝

遺伝子とDNAは、生命がどのように情報を蓄え、それを子孫へ伝え、実際の形質として表現するのかを説明する、現代生物学の中心にある概念です。ショウジョウバエの目の色から、地球上の多様な生物まで、遺伝は分子レベルのごく小さなしくみと、進化という大きな問いをつなぐ役割を果たしています。

遺伝子は「遺伝の単位」です。生物の形やはたらきを制御する遺伝情報を担った、デオキシリボ核酸(DNA)の特定の領域に対応します。ごく簡単に言えば、遺伝子とは「生物の体のつくられ方や、どのように機能するかに関わるDNAの一続きの領域」です。

DNAがとくに重要なのは、そこに遺伝情報が保存されているからです。DNAには、生物学的な設計図が書き込まれており、それが親から子へと受け継がれます。この考え方によって、遺伝という現象は抽象的な概念から、物質としての裏づけをもつものへと変わりました。

1つの細胞がもつ染色体の全体集合をゲノムと呼び、生物がもつ遺伝情報の総体をジェノタイプ(遺伝型)と呼びます。これらの用語は、「蓄えられた情報」と「実際に現れる形質」とを区別するのに役立ちます。

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有名な二重らせん構造

DNAは、2本のポリヌクレオチド鎖が互いに巻きついた「二重らせん構造」をとっています。このねじれた形は、科学を象徴するもっとも有名なイメージのひとつですが、重要なのは見た目ではなく、その機能です。DNAの構造こそが、情報の保存やコピーを可能にしています。

DNAが細胞のどこに存在するかは、細胞の種類によって異なります。真核生物では、DNAは主に細胞核の中にあります。真核生物とは、細胞に核をもつ生物のことです。これに対して、核をもたない原核生物では、DNAはヌクレオイドと呼ばれる領域にまとまっています。

DNAの並び方も両者で異なります。真核生物ではDNAは線状の染色体として存在しますが、原核生物では環状染色体として存在します。こうした違いは、構造的により複雑な真核細胞と、バクテリアに代表される単純な原核細胞との差異の一部です。

DNAはどのように受け継がれるか

遺伝とは、性質が世代から世代へどのように伝わるかを科学的に扱う分野であり、その研究を行うのが遺伝学です。メンデル遺伝は、遺伝子と形質が親から子へ伝わるしくみを、いくつかの基本原理で説明します。

その一つが、遺伝的特徴は対立遺伝子と呼ばれる、同じ遺伝子の異なる型によって担われるというものです。生物は、各遺伝子について片方の親から1つずつ、合計2つの対立遺伝子を受け継ぎます。対立遺伝子には優性と劣性があり、少なくとも1つの優性対立遺伝子があれば、その優性に対応する表現型が現れます。

表現型とは、生物の観察可能な形質のことです。ジェノタイプ(遺伝型)は、その生物がもつ遺伝情報そのものを指します。この区別は、生物が見た目には分からない遺伝情報を秘めていることがありうる、という点で重要です。

配偶子がつくられる過程では、各遺伝子について2つある対立遺伝子が分かれて、各配偶子には1つだけが入ります。また、メンデルのもう一つの原理である「独立の法則」は、連鎖していない遺伝子同士であれば、別々の形質に関わる遺伝子は配偶子形成の際に互いに独立して分配されうる、というものです。

遺伝のパターンは、実験的にも調べることができます。検定交雑(テストクロス)によって、優性の表現型を示す個体がどのような遺伝型かを推定でき、また、プネットの方眼(Punnett square)を使うと、交配の結果どのような組み合わせがどれくらいの確率で現れるかを予測できます。

ジェノタイプから表現型へ

分子生物学でもっとも強力な考え方の一つが、「蓄えられた遺伝情報が、実際にはたらく生体分子へと変換される」というものです。これが遺伝子発現であり、DNAにコードされたジェノタイプが、体内のタンパク質として観察可能な表現型を生み出す一連の分子プロセスを指します。

このプロセスは、よく「DNA → RNA → タンパク質」と要約されます。この考え方は、1958年にフランシス・クリックが提唱した分子生物学のセントラルドグマ(中心教義)にもとづきます。主な段階は2つで、DNAの情報がRNAへ写し取られる転写と、そのRNAをもとにタンパク質が合成される翻訳です。

タンパク質は、細胞の多くの仕事を担う重要な分子です。酵素、物質輸送を行うタンパク質、シグナル伝達分子、抗体、構造タンパク質などが含まれます。タンパク質がつくられることで、遺伝情報は生物の構造や機能として目に見える形になります。

こうして「コードから生物」への飛躍が起こります。ジェノタイプは、細胞の中でただ静かに存在している情報ではありません。遺伝子発現を通じて、実際に観察できる表現型を形づくるのです。

同じDNAなのに細胞が違う理由

多細胞生物では、すべての細胞が同じゲノムをもっているにもかかわらず、その見た目やはたらきは大きく異なることがあります。これは、遺伝子発現が厳密に制御されているためです。

遺伝子の調節は、転写、RNAスプライシング、翻訳、さらにタンパク質の翻訳後修飾など、さまざまな段階で起こりえます。転写因子と呼ばれる調節タンパク質は、DNA上の結合部位によって転写を促進したり抑制したりします。

転写を促進するタンパク質(アクチベーター)によって転写が活性化される場合は「正の制御」と呼ばれます。逆に、リプレッサーがオペレーター領域に結合して転写を妨げる場合は「負の制御」です。誘導物質によってオンになる遺伝子もあれば、常にほぼ発現し続ける構成的発現遺伝子もあります。

遺伝子発現は、環境要因や発生の進行によっても影響を受けます。これが、細胞の専門化を説明する手がかりになります。発生の過程で、細胞は分化を起こし、形や機能がより特化していきます。DNA配列そのものを変えなくても、遺伝子発現の制御やエピジェネティクスの違いによって、細胞型のあいだに大きな違いが生じるのです。

DNA複製と生命の連続性

遺伝情報が世代を超えて保たれるためには、DNAがコピーされなければなりません。DNA複製は半保存的複製と呼ばれ、もとの2本鎖のそれぞれの鎖が、新しい相補鎖を合成するための鋳型としてはたらきます。これこそが、細胞分裂の前にDNAを確実に複製できるという意味で、DNAが「情報のアーカイブ」として非常に優れている理由の一つです。

その後、細胞分裂によってこの情報が次の細胞へと受け渡されていきます。真核生物では、有糸分裂(ミトーシス)によって、遺伝的に同一な娘細胞がつくられ、染色体数が保たれます。有糸分裂は、成長や発生、毛髪・皮膚・血球・一部の内臓組織などの更新に不可欠です。

一方、有性生殖では、減数分裂(メイオシス)によって、1回のDNA複製の後に2回の分裂が起こり、4つの一倍体の娘細胞が生じます。減数分裂Iでは相同染色体が分離し、減数分裂IIでは姉妹染色分体が分離します。減数分裂は真核生物の有性生殖の中心的なプロセスであり、親から受け継がれるゲノムの整合性を保つ役割を担っています。

変異:変化・リスク・チャンス

突然変異(変異)は、DNA配列に生じる遺伝性の変化です。変異は、校正機構でも修正されなかった複製エラーから自然発生することもあれば、化学物質や放射線などの環境変異原によって誘発されることもあります。

こうした変化の影響はさまざまです。変異によって、機能喪失型、機能獲得型、条件付きで影響が現れるタイプなどが生じる可能性があります。とくに生存に必須の遺伝子が損なわれれば、有害な結果をもたらします。しかし、すべての変異が悪いわけではありません。有利な変異も存在し、それが遺伝的多様性を生み、進化には欠かせない材料となります。

このため、突然変異は生物学でもっとも興味深い「両刃の剣」の一つだと言えます。重要な機能を破壊してしまうこともあれば、環境が変化したときに有利となる新しいバリエーションをもたらすこともあるのです。

DNA・遺伝子・進化

進化とは、世代を重ねるなかで集団のもつ遺伝的形質が変化していくことです。遺伝子と突然変異が進化にとって重要なのは、自然選択が「遺伝可能な変異」に作用するからです。

集団にはさまざまな形質が混在しており、その中で環境によりよく適応した形質をもつ個体は、生存し、子孫を残す可能性が高くなります。多くの世代を経るうちに、有利な形質が集団内に蓄積していきます。

このように、遺伝と自然選択が結びついたことで、進化はより完成された科学理論となりました。現代生物学は、ダーウィン以来の自然選択という考え方と、DNAにコードされた遺伝子に関する分子レベルの理解という、両方の柱の上に成り立っています。

また、有性生殖によって生まれる遺伝的多様性は、長期的な利点をもたらします。減数分裂や組換え、異系交配は、ゲノムDNA損傷の組換え修復や、劣性有害変異の影響を覆い隠す「遺伝的相補性」などのメリットと結びついています。

生物学が「DNAの時代」に至るまで

遺伝子の現代的な理解は、一度に成立したわけではありません。現在の遺伝学の出発点は1865年のグレゴール・メンデルの研究であり、彼は生物の遺伝原理を明らかにしました。しかし、その重要性が十分に認識されたのは20世紀初頭で、進化論と古典遺伝学が統合され、「総合説(モダン・シンセシス)」が形づくられてからのことです。

その後、1940年代から50年代初頭にかけて、アルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスによる実験が、染色体成分のうち遺伝子の本体がDNAであることを示しました。続いて1953年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによるDNA二重らせん構造の発見によって、遺伝学は分子レベルの時代へと大きく転換しました。

1950年代以降、生物学は分子領域へと大きく広がっていきます。ハー・ゴビンド・ホラーナ、ロバート・W・ホリー、マーシャル・W・ニーレンバーグらによって遺伝暗号が解読され、その後1990年にはヒトゲノム計画が始まり、人間のゲノム地図の作成が進められました。

なぜ今も遺伝子とDNAが生物学の中心なのか

遺伝子・DNA・遺伝は、生物学における多くの大きなテーマを結びつける存在です。形質がどのように伝わるか、細胞がどうやってタンパク質をつくるか、生物がどのように発生するか、そして進化が時間とともにどのように多様性を生み出してきたかを説明します。

さらに、古くからある生物学の考え方と、新しい概念とを橋渡しする役割も担っています。細胞説は、「細胞が生命の基本単位である」ことを示します。遺伝学は、その細胞の内部で情報がどのように保存・利用されるかを説明します。進化論は、遺伝的な変異が世代を重ねるなかで集団をどのように変えていくかを示します。これらが組み合わさることで、生命そのものを理解するための強力な枠組みが形づくられているのです。

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