なぜ戦争では民間人の犠牲がこれほど大きいのか

戦争と聞くと、多くの人は兵士や前線、戦闘の様子を思い浮かべます。しかし、戦争の最も厳しい現実のひとつは、しばしば「市民」が膨大な苦しみを負うという事実です。多くの紛争では、被害は戦場だけにとどまらず、家庭、学校、病院、水道、農地、そして都市全体にまで広がります。

第二次世界大戦は、その典型的な例です。犠牲者の総数はおよそ6,000万人と見積もられていますが、そのうち約4,000万人が市民でした。つまり、正式な戦闘員ではない人々が犠牲者の大半を占めていたのです。戦争になると「戦場」と「日常生活」の境界がいかに簡単に崩れ落ちるかを、これほど明確に示す事例は多くありません。

市民とは、軍隊の一員ではなく、戦闘行為にも参加していない人を指します。理論上、市民は保護されるべき存在です。ところが現実には、戦争は市民の生存を支えるあらゆる仕組みを破壊してしまいます。

戦争が始まると、ある地域、あるいは複数の地域が「戦争地帯」あるいは「紛争地帯」となります。そこでは日常生活が中断され、移動が危険あるいは不可能になります。交通は遮断され、家族は避難を強いられるかもしれません。食料、医薬品、きれいな水へのアクセスは、あっという間に不安定になります。

戦争は通常、インフラと生態系に深刻な悪化をもたらします。インフラとは、道路・鉄道・電力網・病院・学校・通信といった、社会が成り立つために不可欠な基盤のことです。こうした仕組みが一度損傷あるいは破壊されると、その影響は市民生活に急速に波及します。爆撃された道路は食料輸送を止め、破損した電力網は病院の機能を奪い、壊れた水道システムは公衆衛生上の緊急事態を大惨事へと変えてしまいます。

被害は銃弾や爆弾だけではない

戦争の影響は戦場をはるかに超えて広がる

戦争における市民の苦しみは、直接攻撃を受けることだけに限られません。戦争は、飢饉や病気、紛争地帯からの大規模な移住、捕虜や市民への虐待とも結びついています。戦闘を生き延びた人であっても、日常生活を支える仕組みが機能しなくなった結果、長年にわたる苦難に直面することがあります。

その影響は、意外なほど具体的な数字で測ることができます。戦闘による死者数が約2,500人規模の中程度の紛争であっても、市民の平均寿命は1年短くなります。さらに乳児死亡率は10%上昇し、栄養不良は3.3%増加します。加えて、人口の約1.8%が飲料水へのアクセスを失います。

これらの数字が示しているのは、戦争が単なる軍事的出来事ではないということです。戦争は同時に、公衆衛生の危機であり、経済的な衝撃であり、人道的な大災害でもあるのです。

平均寿命とは、一人の人間が生きると期待される平均的な年数を指します。紛争が市民の平均寿命を縮めるということは、戦争の影響が、戦闘に直接巻き込まれた人だけではなく、社会全体の寿命を短くしてしまうほど深刻であることを意味します。

乳児死亡とは、生後1年未満の赤ちゃんが死亡することです。栄養不良とは、食料の量が不足している、食事の内容に偏りがある、あるいは身体に必要な栄養にアクセスできないことによって、栄養状態が悪くなることを指します。戦争中にこれらが増加するのは、多くの場合、食料供給、医療、衛生、家族生活の安定が同時に損なわれるためです。

第二次世界大戦が示す市民被害の規模

ひとつの紛争が生活をすべて壊してしまう

第二次世界大戦は、開戦以来の累積死者数という点で、史上最も犠牲者の多い戦争であり続けています。ある比較では死者数は7,000万〜8,500万人とされ、別のよく引用される推計では総犠牲者数は約6,000万人と見積もられています。他の紛争と比べて際立っているのは、その中で市民が占める割合の大きさです。

多くの推計によると、約4,000万人の市民が犠牲になったとされています。これは戦闘そのものだけでなく、戦争によって生存に必要な基本条件が破壊されたこととも深く関係しています。人々は飢えや病気、強制移住、残虐行為、そして従来の戦場から離れた場所での攻撃によっても命を落としました。

ひとつの例として、1941年当時のベラルーシ・ソビエト社会主義共和国の領域があります。人口900万人のうち、約160万人が前線以外でのドイツ軍の行動によって殺害されました。その内訳には、およそ70万人の捕虜、50万人のユダヤ人、そしてパルチザンとして数えられた32万人が含まれており、その多くは非武装の市民でした。これは、従来の「前線」から遠く離れた場所に住む人々までが、戦争に飲み込まれてしまうことを痛烈に示しています。

壊されるのは軍隊だけでなく社会そのもの

第二次世界大戦の死者の大半は民間人だった

戦争が奪うのは人命だけではありません。社会を成り立たせている仕組みそのものを引き裂きます。第二次世界大戦末期には、ヨーロッパの工業インフラの70%が破壊されていました。ソ連では、枢軸国の侵攻による被害は6,790億ルーブルと試算されています。その破壊には、1,710の都市・町、7万の村や集落、3万1,850の工場・事業所、4万マイル(約6万4,000キロ)の鉄道、4,100の鉄道駅、4万の病院、8万4,000の学校、4万3,000の公共図書館の完全あるいは部分的な破壊が含まれていました。

こうした数字は、なぜ市民がこれほど大きな代償を払うのかを理解する手がかりになります。病院が破壊されれば、ごく普通の病気でも命取りになります。鉄道が失われれば、食料や医薬品は効率的に運べません。学校が消えれば、子どもたちは教育と安定した生活の場を失います。図書館や公共機関がなくなれば、社会は「記憶」と回復のための能力の一部を失ってしまいます。

そのため、銃声が止んだあとも、戦争の影響が何年、何十年も残り続けることがあるのです。

市民と戦争犯罪・虐殺

紛争地帯で暮らす人々は、虐殺やジェノサイド(集団虐殺)といった戦争犯罪にさらされることもあります。身体的な危険は言うまでもなく、心理的な影響も深刻です。生存者は、破壊や追放、死を目撃した心の傷を抱えて生きることになります。

直接的な負傷を負わなかった人でさえ、安全、日常生活、地域社会といった基盤が崩れることで深いダメージを受けることがあります。戦争は生活の質を下げ、健康状態を悪化させます。また、多くの家族が住み慣れた家を離れざるを得ない状況を生み出し、「生き延びること」自体が日々の闘いになります。

現代戦が非戦闘員にとってとくに残酷になりうる理由

現代の戦争は、国家間の戦闘だけでなく、内戦や反乱(反政府勢力の武装蜂起)とも深く結びついています。1945年以降、絶対数としての内戦は増加してきました。これは、市民にとって大きな意味を持ちます。なぜなら、こうした紛争は、隔絶した戦場ではなく、人が暮らす場所そのもので行われることが多いからです。

反乱(インサージェンシー)とは、既存の政治体制を変えようとして、不正規の武装勢力が当局に反抗することです。内戦とは、別々の国家同士ではなく、一つの国家の内部で起こる戦争を指します。このような紛争では、市民は対立する勢力のはざまに取り残され、長期にわたって避難、物資不足、暴力にさらされることがあります。

この記事が取り上げている「総力戦」という概念も重要です。総力戦とは、攻撃対象が純粋に軍事的に正当な目標に限定されず、その結果として市民に巨大な被害と犠牲をもたらしうる戦い方を意味します。この言葉は、戦争において歯止めが失われたとき、市民がいかに大規模に危険にさらされるかという、もっとも暗い可能性の一つを指し示しています。

戦闘が終わったあとに現れる「隠れたコスト」

戦争が終結したあとでさえ、市民が支払い続ける代償は少なくありません。経済は打撃を受け、社会保障のための支出が削られることもあります。土地は傷つき、公共サービスはなかなか復旧しない場合があります。敗戦国は戦争賠償金の支払いを求められたり、領土の割譲を強いられたりすることもあります。復興の過程は、多くの場合、不均一で苦しいものになります。

市民にとって、戦闘の終結は必ずしも苦難の終わりを意味しません。破壊された住宅、途切れた医療、傷ついた教育制度、失われた生計手段、汚染されたりアクセスできなくなったりした水源——こうしたものが、和平合意が結ばれたあとも長く人々の日常生活を形づくっていきます。

そのため、戦争の「本当の代償」は、戦闘による死者数だけでは測りきれません。苦しみは家族や地域社会、そして世代を超えて広がっていくのです。

核心となる教訓

戦争についての最大の誤解のひとつは、「主に苦しむのは戦う側の人々だ」という考えかもしれません。しかし歴史が示しているのは、まったく逆の姿です。市民こそが、最も広く、そして最も長く続く被害を受けることが多いのです。死、飢え、病気、避難生活、破壊されたインフラ、そして日常生活そのものの崩壊——こうしたものが市民を襲います。

第二次世界大戦は、この現実を容赦なく浮き彫りにしました。総犠牲者約6,000万人のうち、市民はおよそ4,000万人にのぼったとされています。そして、より小規模な紛争においても、市民への被害はすぐに数値として現れます。平均寿命の低下、乳児死亡率の上昇、栄養不良の増加、飲料水へのアクセスの喪失などです。

戦争は、戦場だけで行われているわけではありません。市民にとって戦争は、台所や診療所、道路、学校、井戸にまで入り込んできます。だからこそ、戦争の人的コストの多くは、本来標的にされるはずではなかった人々によって支払われてしまうのです。

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