2011年3月11日、日本の東北地方の沖合でマグニチュード9.0〜9.1の巨大地震が発生しました。これは日本で観測史上最大であり、1900年に近代的な地震観測が始まって以来、世界でも屈指の超巨大地震のひとつです。揺れはおよそ6分間続きました。陸上にもたらされた壊滅的な被害は広く知られていますが、この地震のもっとも驚くべき点のひとつは、地球そのものに及んだ影響の大きさです。
この出来事は、建物を倒し津波を引き起こした「災害」にとどまりませんでした。日本列島を物理的に移動させ、地球の自転を変え、地軸をわずかにずらし、その影響はノルウェーや南極、さらには宇宙空間にまで及びました。
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日本の本州が東へ押し出された
地震のエネルギーの大きさを示すもっとも分かりやすい証拠のひとつが、日本最大の島・本州の移動です。この地震により、本州は東へ2.4メートル動きました。震源付近のGPS観測点では顕著な移動が記録され、震源断層にもっとも近い観測点はほぼ4メートルも移動しました。
最大の変化が起きたのは、震源にもっとも近い地域です。震源は東北地方・牡鹿半島の東方約72キロに位置していました。もっとも近い大都市である仙台市は、震源から約130キロ離れていました。
海岸線も大きく変わりました。約400キロにわたる日本の海岸線が、垂直方向におよそ0.6メートル沈降し、本州太平洋側の一部では当初、およそ1メートル沈んだ場所もありました。この沈下は、海岸部の土地が低くなったことで津波がより速く、より遠くまで内陸へ到達する一因となりました。その後の数年で一部の海岸は再び隆起し、元の標高を上回るところも出てきました。
地表が沈み込む「地盤沈下」も各地で観測されました。牡鹿半島は1.2メートル沈降し、石巻市、気仙沼市、陸前高田市、釜石市などの都市・町でも大きな沈下が記録されました。専門家は、これらの沈下は恒久的なものであり、将来の満潮時の高潮などに対して、これらの地域が以前より浸水しやすくなったと指摘しています。
この地震は、太平洋プレートが北本州の下に沈み込んでいる境界で発生しました。このプロセスは「サブダクション(沈み込み)」と呼ばれます。太平洋プレートは1年に約8〜9センチの速さで移動しており、長い時間をかけてプレート境界にひずみがたまります。やがてそのひずみが一気に解放されると、「すべり破壊」が起き、巨大地震になります。
今回の破壊は、まさに桁違いの規模でした。気象庁の解析によると、震源断層は岩手県沖から茨城県沖まで、長さ約500キロ、幅約200キロにわたって破壊した可能性があるとされています。
日本海溝付近では、とくに劇的な海底の動きが観測されました。後に公表された報告書では、震源から海溝の間に位置する海底が東南東方向へ50メートル移動し、約7メートル隆起したと結論づけています。日本の海上保安庁によるそれ以前の報告でも、震源近くの海底が24メートル水平移動し、宮城県沖の海底が3メートル隆起したとされています。
こうした海底の急激な隆起は、膨大な海水を一気に持ち上げ、壊滅的な津波を生み出す要因となりました。東北沖の広い範囲にわたる海底の隆起は、この津波が極めて破壊的になった主な理由のひとつでした。
地震が地球の自転を変えた
もっとも注目すべき地球物理学的影響のひとつは、この地震が地球の自転に変化を与えたことです。
地震によって地球内部および表面の質量分布が変化し、「慣性モーメント」が変わりました。慣性モーメントとは、回転軸に対して質量がどのように分布しているかを表す量です。この分布が変わると、自転速度も変化し得ます。今回の場合、地球の自転速度はわずかに速くなりました。
その結果、1日の長さはおよそ1.8マイクロ秒短くなったとされています。マイクロ秒は100万分の1秒なので、日常生活で人間が体感できるような差ではありません。しかし、ひとつの地震が「1日」を計測可能なレベルで短くするほどの影響を及ぼしたという事実は、科学的には極めて特筆すべきことです。
研究者たちはまた、地球の自転軸が10〜25センチほど移動したと推定しています。といっても、地球が目に見えて大きく傾いてしまったという意味ではありません。地球内部の質量分布に対する自転軸の位置関係がわずかに変化した、ということです。その結果として、地球の傾きに関連する変化や、地球の自転に伴うごく小さな揺らぎである「チャンドラー揺動」など、微妙な惑星規模の影響が生じます。
この種の変化自体は、マグニチュード9クラスの巨大地震であれば起こりうるものですが、東北地方太平洋沖地震の規模の大きさゆえに、とりわけ注目される事例となりました。
惑星規模に影響を与えた地震
東北地方太平洋沖地震は、あまりにエネルギーが大きかったため、その影響は日本をはるかに超えて広がりました。
この地震は「インフラサウンド」と呼ばれる、ヒトには聞こえないほど低い周波数の音波を発生させました。これらの波は重力場・定常海洋循環探査衛星GOCE(Gravity Field and Steady-State Ocean Circulation Explorer)の軌道の乱れとして検出されました。衛星が実質的に「宇宙にある地震計」として地震波を捉えたのは、これが初めての例でした。
南極大陸では、地震波がウィランズ氷流をおよそ0.5メートルすべらせました。また、約1万3000キロ離れたサルツバーガー棚氷では、津波の影響により氷山が分離しました。もっとも大きな氷山は、長さ9.5キロ、幅6.5キロ、厚さ約80メートルにも達していました。
さらにノルウェーでも、思いがけない形で地震のエネルギーの影響が現れました。ソグネフィヨルドなどのフィヨルドでは、水面が沸き立つように見え、岸に向かって波が打ち寄せる現象が観測されたのです。後の研究により、この現象は地震から伝わったエネルギーによる「セイシュ波」が原因だと結論づけられました。セイシュは、湖や湾などの閉じた、あるいは半ば閉じた水域で起こる「定常波」で、浴槽の水が前後に揺さぶられるような状態に例えられます。
ノルウェーで観測されたセイシュは、本震の揺れが日本を襲ってからおよそ30分後に始まり、約3時間にわたって続きました。ソグネフィヨルドでは、高さ1.5メートルに達する波も記録されています。
なぜこれほど意外な地震だったのか
日本は世界有数の高度な地震観測網を持っていますが、それでもこの地震の規模は多くの地震学者を驚かせました。日本海溝が大地震を起こしうる場所であることは知られていたものの、マグニチュード8を超える超巨大地震が起こるとは想定していなかった専門家もいました。
この規模の地震が起きるには、少なくとも約500キロに及ぶ長さと、比較的まっすぐな形状の断層面が必要とされます。しかし、本州東方の今回の破壊域におけるプレート境界は、必ずしもまっすぐではなく、その意味でこれほどの巨大地震が起きるのは異例ともいえる条件でした。
その後の研究により、2011年の地震は、869年の貞観地震(三陸沖地震)と同じ一般的なメカニズムに属すると考えられるようになりました。貞観地震もまた、仙台平野に大津波をもたらしたことで知られています。地域に残された津波堆積物の調査から、この海域ではおよそ800〜1100年に一度の周期で、同程度の巨大津波地震が発生してきた可能性が示唆されていました。2011年以降、研究者たちは東北地方の日本海溝沿いにおける長期的な超巨大地震のリスク評価を見直すことになりました。
「局地的な災害」を超えた出来事
2011年の東北地方太平洋沖地震は、多くの場合、巨大津波、甚大な人的被害、そしてそれに続く福島第一原子力発電所事故とともに語られます。しかし同時に、ひとつの地質学的出来事が、地球システムを多層的に作り替えうることを示す、もっとも明確な事例のひとつでもあります。
この地震は陸地を数メートル動かし、海底を数十メートルも変位させ、海岸線を低下させ、1日の長さを変え、地軸をわずかに動かし、その影響は海洋、氷床、フィヨルド、そして宇宙空間にまで及ぶ摂乱として観測されました。
地球という惑星のメカニズムが、ここまで「目に見える」形で現れる自然現象はそう多くありません。東北地方太平洋沖地震は、人間にとって計り知れない悲劇であったと同時に、地球が本質的にダイナミックな世界であり、地中深くの力が海岸線を書き換え、惑星の運動そのものをかすかに変えうることを思い出させる出来事でもあったのです。











