「science」の語源と「scientist」の誕生

今「science」と聞くと、多くの人は実験室や方程式、望遠鏡、そして宇宙についてよく検証された理論を思い浮かべるでしょう。しかし、この言葉そのものには、もっと古くて意外な歴史があります。

英語の science という語は、14世紀にはすでに「知っている状態」という意味で使われていました。この古い意味は、現代の用法よりはるかに広いものでした。必ずしも化学・物理学・生物学といった分野を指していたわけではなく、もっと一般的に「知識」「気づき」「理解」といったことを意味していたのです。

英語の science は、イングランドで使われていた中世フランス語の一種であるアングロ・ノルマン語の接尾辞 -cience を経由して入りました。この形は、ラテン語 scientia(知識、認識、理解)から借用されたものです。scientia はさらに、「知っている」という意味の sciens に由来し、sciens はラテン語動詞 sciō(知る)の能動現在分詞です。

つまり、現代の science という語は、もともとは「知ること」をめぐる言葉の世界に属しており、いま私たちがイメージするような、実験や理論、研究機関の体系としての「近代科学」を直接指していたわけではなかったのです。

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「science」は本当に「切る」という意味の語から来たのか?

この言葉の歴史の中でも、とくに興味深いのは、さらに深くさかのぼってラテン語動詞 sciō の起源を探ろうとする試みです。

sciō が最終的にどこから来たのかについては、いくつかの仮説があります。オランダの言語学者でインド・ヨーロッパ語比較言語学者のミヒール・デ・ファーンによれば、sciō は「知る」を意味すると再構されたプロト・イタリック語 *skije- または *skijo- にさかのぼる可能性があります。「再構された形」とは、文献に直接残っていない語でも、関連言語間の対応関係から言語学者が推定した仮説的な語形のことです。

このプロト・イタリックの語根は、さらに「知る」を意味すると再構されたプロト・インド・ヨーロッパ語 *skh1-ie あるいは *skh1-io に由来すると考えられています。プロト・インド・ヨーロッパ語とは、ヨーロッパの多くの言語とアジアの一部の言語の祖先にあたる、と仮定されているきわめて古い言語に付けられた名称です。

しかし、これが唯一の説というわけではありません。『インド・ゲルマン動詞辞典(Lexikon der indogermanischen Verben)』は、sciō が「知らない、不案内である」を意味する nescīre からの逆成語である可能性を提案しています。「逆成」とは、もともと存在していた長い形の語から、より短く単純な形の語が新たに作られる現象のことです。

この説明の線からたどると、「切る」という意味をもつ語根とつながってきます。有力な候補の一つは、ラテン語動詞 secāre(切る)に反映されているプロト・インド・ヨーロッパ語 *sekH- です。もう一つは、同じく「切る」を意味するとされる *sḱʰeh2(i)- に由来する *skh2- です。

このように、「science という語の祖先は『切る、刻む』という意味の古い語根にさかのぼるのではないか」というエピソードの印象的な問いには、言語学的な裏付けがある程度あります。学者の中には、science の背後にある語を、そうした「切る/切り込む」を意味する古い語根と結びつける人たちがいるのです。

では、なぜ「知ること」が「切ること」と結びつきうるのでしょうか。歴史言語学では、非常に長い時間のなかで、意味が意外な方向へ推移していく例がしばしば見つかります。その具体的な道筋には議論があり、この起源説も確定した事実ではなく、あくまで仮説として提示されています。それでも、science という語に「思いがけず鋭い過去」が隠れているかもしれないという可能性は、たしかに存在するのです。

「science」が「近代科学」を意味する前は

ラテン語に由来することもあって、science はかつて「知識」や「学問」とほぼ同義の言葉でした。この古い意味を押さえておくと、現在の使われ方が、歴史的な意味からどれほどかけ離れているかがよく分かります。

現在では「科学」は、宇宙についての検証可能な仮説や予測という形で知識を構築し、体系化する学問分野と説明されます。これは単なる「知っていること」よりも、はるかに限定された概念です。そこには方法論や証拠の基準、検証や再現性を重んじる文化が含まれています。

こうした現代的な意味は、徐々に形づくられていきました。科学的な思考が突然現れたわけでもなく、科学に単一の出発点があるわけでもありません。長い時間をかけて、多くの文化がさまざまな知のかたちを生み出し、それらがのちに「科学」と呼ばれるものへと流れ込んでいきました。しかし、言葉そのものは、現代的な「scientist(科学者)」という職業的アイデンティティより、はるか以前から存在していたのです。

だからこそ、昔の研究者たちは「scientist」とは呼ばれていませんでした。

「natural philosopher」とは何者だったのか

何世紀ものあいだ、現在なら「科学研究」と呼びそうな活動をしていた人は、しばしば natural philosopher(博物学者・自然哲学者)や man of science(学の人)と呼ばれていました。

natural philosopher とは、自然を観察し、自然界で起こる出来事を、自然的な原因にもとづいて説明しようとした人のことです。この表現は、「science」という語がまだ現代的な意味にまで狭まっておらず、科学的な営みも、いまのような専門分野ごとの職業として組織されていなかった時代の言葉です。

この古い呼び名は、学問の歴史を振り返るとよく理解できます。古代ギリシアの初期の哲学者たちは、超自然的な説明に頼らずに自然現象を説明しようと試みました。のちに中世からルネサンス期のヨーロッパでは、自然哲学が再興・再編され、やがて科学革命のなかで大きく変容していきます。

さらにずっと後の時代になっても、この古い用語法はしばらく残り続けました。いま私たちが natural science(自然科学)と呼ぶ分野は、こうした自然哲学の伝統から生まれてきたものです。ですから、初期の研究者が natural philosopher と呼ばれていたと聞いたとき、それは単なる古めかしい肩書きではありません。世界をどう理解するかという、まったく別の知の枠組みを反映した名称なのです。

「scientist」が現れた瞬間

scientist という語は、science と比べると驚くほど新しい言葉です。

1834年、ウィリアム・ヒューウェルは、メアリー・サマヴィルの著書『On the Connexion of the Physical Sciences』の書評のなかで scientist という語を導入しました。彼はこの語を「ある才気ある紳士」の造語だとしつつ、実際には自分自身の案だった可能性も指摘されています。

このささやかな一言は、大きな文化的転換点を示しています。19世紀に入るころには、自然研究はますます専門化・職業化しつつありました。modern science(近代科学)が形を整えていくのに合わせて、「biologist(生物学者)」「physicist(物理学者)」「scientist(科学者)」といった新しい呼称が現れてきたのです。

この世紀には、現代科学の特徴としてなじみ深い多くのものが、よりはっきりとした姿を見せ始めました。精密機器の利用が増え、科学雑誌が盛んになり、一般向けのサイエンスライティングが広がり、研究者は社会の中で大きな影響力を持つようになっていきます。scientist のような新しい言葉が必要になったという事実そのものが、従来の語彙では変わりつつある役割を表しきれなくなっていたことを物語っています。

natural philosopher は、自然を哲学的な枠組みのなかで広く考察する思索家という響きを持っていました。一方で scientist は、より現代的な、専門化され、しだいに職業として確立されていく「知を生み出す仕事」に従事する人を指し示す言葉になっていきました。

新しい語が重要だった理由

scientist という言葉の発明は、単なる呼び名の工夫にとどまりませんでした。それは社会そのものの変化を反映していたのです。

19世紀のあいだに、科学は大きく職業化されていきました。自然を研究する人々は、組織化された研究機関や雑誌、学会の一員であることが増えていきます。scientist という語は、こうした新しい社会的現実を、従来の肩書きよりもうまく言い表すものでした。

言葉の変化は、知識そのものの理解の変化も映し出していました。近代科学は、体系的な観察、実験、仮説の検証を重んじるようになります。再現性や査読、互いの研究を評価し合う研究者コミュニティが前提となっていきます。

こうした実践が中心的な位置を占めるようになると、それらを用いる人々は、他の知的労働者とは異なる「特別なタイプの知の担い手」として認識されるようになっていきました。そして、新しい役割には、新しい名前が必要になったのです。

語の歴史から「科学者」というアイデンティティへ

science と scientist の歩みには、人類文化の興味深い変化がよく表れています。

まずは深い言語史の物語があります。知識・認識・理解に結びついた言葉でありながら、そのさらに奥には、「切る・刻む」といった古い語根にまでさかのぼるかもしれないという仮説があるのです。

次に英語における物語があります。中英語期には、science は必ずしも実験室での研究を意味せず、「知っている状態」そのものを指していました。

そして最後に社会的な物語があります。何世紀もの間、自然を探究する人々は natural philosopher や man of science と呼ばれていましたが、1834年、メアリー・サマヴィルの仕事を論じる文脈で、ウィリアム・ヒューウェルが scientist という語を導入しました。

この歩みは、言葉が観念の変化とともにどのように移り変わるかをよく示しています。science は、いま私たちが使う意味で常に使われていたわけではなく、scientist という語も、歴史の中で比較的最近になって登場したものです。活動の実態が変わったからこそ、言葉も変わったのです。

小さな語に宿る大きな歴史

次に science という語を耳にしたときには、その中に幾重もの歴史が折り重なっていることを思い出してみる価値があります。はじまりは「知ること」を意味する言葉であり、おそらくは「切る」という古い語根の痕跡を、どこかにとどめているかもしれません。そして、いま私たちが何気なく scientist(科学者)と呼んでいる人物は、かつてはまったく別の肩書きで知られていたのです。

たった数音節の中に、science という語は、変わりゆく言語、変わりゆく制度、そして世界を理解するという営みの意味がどのように変化してきたかという歴史を、静かに刻み込んでいるのです。

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