A B-29 falls in flames after a direct hit by an anti-aircraft shell over Japan

日本はほとんど反撃できなかった

1945年には、第二次世界大戦中のアメリカ軍による空襲に対して、日本の都市はきわめて無防備な状態になっていました。爆撃機は次々と飛来しましたが、日本側の防空力は、それを本格的に食い止められるほどには整っていなかったのです。

第二次世界大戦の日本本土空襲:なぜ日本は止められなかったのか

A B-29 over Osaka on 1 June 1945

防御側が苦しむ高度を爆撃機が飛んだ

日本軍の戦闘機や高射砲の多くは、昼間のB-29爆撃機が飛ぶ高度3万フィート(約9,000メートル)の空襲に十分に対応できず、夜間の攻撃への対処はさらに難しくなりました。燃料不足、不十分な搭乗員訓練、部隊どうしの連携の悪さが、状況をいっそう悪化させました。

第二次世界大戦の日本本土空襲:なぜ日本は止められなかったのか