変異は、進化的変化を生み出す最も重要な原動力のひとつです。ごく簡単に言えば、変異とはDNA(遺伝情報を担う分子)の変化のことです。この変化が重要なのは、進化は「違い」がなければ起こりえないからです。もし集団内のすべての個体がまったく同じ遺伝子を持っていたら、自然選択や遺伝的浮動などの進化のプロセスが働く余地はありません。
そのため変異は「進化の原材料」とよく呼ばれます。変異は集団の中に新しい遺伝的な違いを持ち込み、世代を重ねるうちに、その違いはより一般的になったり、消え去ったり、思いがけない組み合わせをつくったりします。
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変異は実際には何を変えるのか
DNAは塩基配列というかたちで情報を蓄えています。これは、文の中の文字の並びに少し似ています。DNAのうち、ある機能を担う単位を指定している部分を「遺伝子」と呼び、その遺伝子の異なるバージョンを「対立遺伝子」と言います。変異によってDNA配列が変わると、新しい対立遺伝子が生まれることがあります。
その変化にはいくつかの結果が考えられます。変異によって遺伝子産物(たとえばタンパク質)が変わったり、その遺伝子の働き自体が止まってしまったり、あるいは目に見える影響がまったく出ないこともあります。ここから、変異が自動的に「アップグレード」になるわけではない理由がわかります。変異はあくまで「変化」にすぎません。その変化が有利か不利か、あるいは中立かは、その変化の内容と、その生物が生きている環境によって決まります。
タンパク質をコードしている領域では、およそ半分の変異が生存や繁殖にとって不利(有害)で、残りの多くは中立だと考えられています。その領域で、はっきりと有利な効果をもたらす変異はごく一部にすぎません。ゲノムのほかの部分では、有害な変異もあるものの、大多数は中立で、有利な変異はやはり少数です。
なぜほとんどの変異は「超能力」ではないのか

大衆文化では、変異は劇的な進化や超能力への近道のように描かれることがよくあります。しかし、現実の進化は映画ほど派手ではありません。多くの変異は驚くべき新能力を生み出しません。目に見える変化をまったくもたらさないものも多く、多くはむしろ有害です。
よく考えてみると、それは当然とも言えます。生物は、すでに「生きて子孫を残せる程度には」うまく働くシステムでできあがっています。それを無作為にいじれば、何かを壊してしまうか、何も変わらない可能性のほうが、都合よく改良されるよりずっと高いのです。それでも、ごく稀に起こる有利な変異は、長い時間スケールでは非常に大きな意味を持ちます。進化にとって、すべての変異が役に立つ必要はありません。ときどき現れる有用な変異だけで、進化の力は十分に働くことができます。
遺伝子重複:進化が「予備」を手に入れるとき

変異が新奇性に貢献するうえで、とくに強力なしくみのひとつが「遺伝子重複」です。ときどき、染色体の大きな領域が、組換えなどによって丸ごと重複することがあります。これによって、ある遺伝子の余分なコピーが生まれることがあります。
この余分なコピーが重要なのは、進化に「余裕」を与えるからです。元のコピーはこれまでどおり本来の仕事を続ける一方で、複製されたほうは自由に変化を蓄積しやすくなります。その後に起こる変異によって、複製コピーに新しい有用な機能が備われば、元の機能を失うことなく、新たな遺伝子が進化しうるのです。
このプロセスは、「遺伝子ファミリー」がどこから来たのかを説明する助けにもなります。新しい遺伝子は、共通の祖先を持つ類縁遺伝子のグループ(ファミリー)の中で進化してくることが多いのです。印象的な例として、人間の目があります。ヒトの目は、光を感じ取る構造をつくるために4種類の遺伝子を使っています。3つは色覚に、1つは暗所視に使われます。この4つはいずれも、もともとはひとつの共通祖先遺伝子から分かれてきたものです。
これは進化生物学における重要な考え方を示しています。新しいものは、完全な「無」から突然現れることはあまりありません。進化は多くの場合、すでに存在する要素を改変し、コピーし、それらを少しずつ別のものへと作り替えていくのです。
古い遺伝子から、さらには非コードDNAからも新しい遺伝子が生まれる

重複した遺伝子は、時間をかけて変化するなかで、新しい機能を獲得するまでに至ることがあります。元のコピーがこれまでどおりの役割を果たし続けているため、重要な機能を完全に失ってしまうリスクが小さく、この経路はとくに起こりやすいと考えられます。
しかし、遺伝子重複だけが道筋ではありません。新しい遺伝子は、それまで「非コード領域」とされ、タンパク質を指定していなかったDNAから生まれることもあります。このプロセスは「デ・ノボ遺伝子誕生(de novo gene birth)」と呼ばれます。これは、ゲノムが単に昔からの設計図を保管するだけの静的な図書館ではないことを示しています。ある条件がそろえば、以前はそのようには使われていなかった配列から、まったく新しい機能を持つ遺伝子が生まれうるのです。
こうした考え方は直感的には意外に感じられるかもしれませんが、ゲノムは時間とともに変化し、変異は既存のものを少し手直しするだけでなく、本当に新しい可能性を生み出しうる、という広い進化の見取り図とよく合致しています。
既存パーツの組み替えからも新しい遺伝子は生まれる

新奇性への別の道筋が「エクソン・シャッフリング(exon shuffling)」です。このプロセスでは、異なる遺伝子の一部である小さな領域(エクソン)が重複し、新しい組み合わせになるように再配置されます。その結果として、もともと別々の場所にあった断片を組み合わせて、新しい機能を持つ遺伝子が生まれることがあります。
これは、タンパク質の一部が「モジュール」のように働くことがあるからです。これらのドメインは、比較的単純である程度独立した役割を担うことができ、それらが新しい組み合わせに並べ替えられることで、まったく新しい、より複雑な機能を持つタンパク質が生み出されることがあります。
印象的な例が、抗生物質をつくる大きな酵素であるポリケチド合成酵素です。これらは最大で100個近い独立したドメインを含むことがあり、それぞれが合成過程の一段階ずつを担っています。まるで組立ラインの各工程のように並んでいるのです。このモジュール構造は、進化がすでに働く「部品」を並べ替えたり組み合わせたりすることで、どのように複雑さを生み出せるのかをよく示しています。
小さな遺伝的変化が、大きな見た目の違いになることもある
ある種の生物では、個体間でゲノムの大部分が非常によく似ていても、ごく小さな遺伝的違いが、外見や機能に劇的な差をもたらすことがあります。進化発生学の研究は、遺伝子型(genotype)のわずかな違いが、表現型(phenotype)――実際に観察される形質――に大きな違いをもたらしうることを明らかにしてきました。
変異が目に見える形質に影響を与える、身近な例としてイノシシの子どもが挙げられます。イノシシの子どもはふつう、暗色と淡色の縦縞からなる保護色の模様を持っています。メラノコルチン1受容体(MC1R)と呼ばれる遺伝子の変異は、このパターンを乱すことがあります。多くのブタの品種は、野生型の体色パターンを崩すMC1R変異を持っており、変異の種類によっては、優性の黒い体色を生じることもあります。
このことは重要な点を示しています。変異はDNAレベルではごく小さな違いであっても、ときには生物全体の見た目に非常にわかりやすい影響を及ぼすことがあるのです。
変異はあくまで「出発点」にすぎない
変異は多様性を生み出しますが、それだけで最終的な結果を決めるわけではありません。新しい対立遺伝子が生まれたあと、その行方は、ほかの進化の力によって左右されます。
自然選択は、生存や繁殖に有利な形質を世代を通じて増やす方向に働きます。遺伝的浮動は、とくに小さな集団で、単なる偶然によって対立遺伝子の頻度を変えてしまうことがあります。遺伝子流動は、ほかの集団から新しい遺伝的バリアントを持ち込む役割を果たします。有性生殖と組換えは、既存の対立遺伝子を新しい組み合わせに並べ替えます。
つまり、変異は可能性のカタログを用意しますが、その可能性を取捨選択し、広め、組み合わせ、あるいは消し去っていくのは、より大きな枠組みとしての「進化」のプロセスなのです。
なぜ新しい遺伝子がそれほど重要なのか
新しい遺伝子は、生物が「できること」の範囲を広げます。新しい構造、新しい代謝経路、新しい感覚能力、環境との新しい関わり方などに寄与しうるのです。進化的な変化は、既存の形質を少し調整するだけではありません。本当に新しい機能の誕生を含むこともあります。
だからこそ、重複した遺伝子、デ・ノボ遺伝子誕生、シャッフルされた遺伝子断片といったプロセスが非常に重要になります。これらは、生物学的なイノベーションが、特別な魔法のようなものではなく、ごくふつうの遺伝的メカニズムの延長線上でどのように生じうるのかを説明してくれます。
これまでの生命史全体を見渡すと、このことは繰り返し示されています。進化はたいてい、ひと足飛びの大ジャンプでゼロから何かを発明するわけではありません。既存のものを改変し、コピーし、用途を変え、再組み立てします。その積み重ねが多くの世代を経ることで、私たちが目にする途方もない生物多様性が生み出されてきたのです。
まとめ
変異は、遺伝的な新しさの出発点です。ほとんどの変異は中立か有害で、有利なものはごくわずかです。それでも、その稀な有用な変化と、遺伝子重複や既存の遺伝的パーツの並べ替えとを合わせたものが、新しい形質、さらにはまったく新しい遺伝子の原材料になります。
言い換えれば、進化の「創造性」は魔法ではありません。時間をかけてふるいにかけられ、形作られていくDNAの変化から生まれているのです。