生物学:目に見えない「多数派」の世界

人が「生き物」と聞いて思い浮かべるのは、たいてい動物や植物、せいぜいカビのような菌類や、よく知られた細菌くらいでしょう。ところが、生物学が語る世界はずっと奇妙で不思議です。生物界の多くは目に見えないほど小さく、その中には、あまりに特異なために「生命の境界にいる」とまで形容されるものもいます。

ウイルスは地球上のほぼすべての生態系に存在し、知られているなかで最も数が多い「生物的な存在」です。同時に、ウイルスは自力では増殖できません。感染した生物の細胞の中でしか増えることができないのです。この奇妙な組み合わせによって、ウイルスは「どこにでもいるのに、ほかの生命に深く依存している」という存在になっています。

ウイルスと並んで驚異的なのが、原核生物、とくにアーキアと細菌の世界です。これらの微小な生物は一つひとつは小さいものの、地球上のさまざまな環境を支配しており、私たちの日常的な「生命観」がどれほど限られているかを教えてくれます。

ウイルスは「亜顕微鏡的な感染性因子」と呼ばれます。肉眼では見えないほど小さく、生きた細胞に感染する存在だからです。生物の細胞内で増殖し、動物・植物から細菌、アーキアにいたるまで、あらゆるタイプの生命を感染させます。詳しく記載されたウイルスの種はすでに6,000種以上あり、ウイルスは地球上のほとんどすべての生態系に見つかっています。

彼らの奇妙な位置づけは、「生命の特徴」の一部は持つものの、すべてを満たしているわけではない、という点にあります。そのためウイルスは「生命の端にいる生物」とも「自己複製子」とも形容されてきました。簡単に言えば、ウイルスは自分自身のコピーを増やせますが、そのためには宿主細胞の装置を乗っ取る必要がある、ということです。

ここがウイルスを生物学的にきわめて興味深いものにしています。細胞は生命の基本単位と考えられています。細胞は代謝を行い、内部環境を保ち、既存の細胞から分裂して増えます。ところがウイルスは、こうした「細胞」を前提とした枠組みにすっきりとは当てはまりません。生命と深く結びつきながらも、細菌やアーキア、植物や動物のような細胞とはまったく異なる仕組みで動いているのです。

地球上で最も数が多い「生物的存在」

生命の境界にいる存在

ウイルスを「最も多数存在する生物的実体」と呼ぶのは、単なる誇張ではありません。この表現は、生物界についての重要な事実を示しています。人間が目で見て存在を意識しやすい生物が、必ずしも最もありふれた存在ではない、ということです。

ウイルスはほぼすべての生態系に存在し、地球規模で生命のネットワークの一部になっています。植物や動物から微生物にいたるまで、生物界のほぼすべての大きな系統に感染します。この圧倒的な広がりが、ウイルスが生物学や進化、生態学において非常に重要な存在である理由の一つです。

その進化的な起源はいまもはっきりしていません。一部のウイルスは、細胞間を移動できるDNA断片であるプラスミドから進化した可能性があり、別のものは細菌から進化したのかもしれません。起源に不確かな点が残る一方で、ウイルスは「水平遺伝子伝播」の担い手として進化に大きく関与していることが認められています。これは、性的生殖に似たかたちで遺伝的多様性を増やすプロセスです。

生命の三つのドメイン

生物の分類がくれた意外な発見

生物学者は、生物を共通した特徴や進化的な関係にもとづいて分類します。最も大きな枠組みでは、すべての生物は「ドメイン」と呼ばれる三つのグループのいずれかに属します。すなわち、アーキア(Archaea)、バクテリア(Bacteria)、真核生物(Eukarya)です。

バクテリアとアーキアはいずれも原核生物であり、細胞内に核を持ちません。一方、真核生物の細胞には核があり、このドメインには菌類・植物・動物が含まれます。つまり人間やカシの木、キノコ、単細胞の原生生物などは、すべて真核生物に分類されます。

この三ドメインの見方は、多くの人が幼いころに学ぶ「動物と植物」という分け方とはかなり異なるため、意外に感じられるかもしれません。しかしそれは、生命全体のごく一部を切り取った図に過ぎません。生物学は分子や細胞レベルから生態系レベルまで生命を扱います。この広い視点を本気で受けとめると、微生物の世界を無視することはとてもできなくなります。

アーキア:生命像を塗り替えた微生物

生命は見た目よりずっと不思議

アーキアは当初、細菌の一種と考えられ、「古細菌(アーケバクテリア)」と呼ばれていましたが、この名称は現在ではほとんど使われません。アーキアとバクテリアは一般に大きさや形がよく似ていますが、アーキアの細胞はバクテリアとも真核生物(Eukaryota)とも異なる独自の性質を持っています。

分類がとくに面白くなるのはここからです。見た目こそ細菌に似ているものの、アーキアの遺伝子の一部やいくつかの代謝経路は、真核生物のものとより近い関係にあります。とくに、転写や翻訳に関わる酵素ではその傾向が顕著です。

転写とは、DNAに書き込まれた情報がRNAに写し取られるプロセスであり、翻訳とは、そのRNAの情報をもとにタンパク質が合成されるプロセスです。これは「DNA→RNA→タンパク質」という遺伝子発現の中心的な流れをなすステップです。アーキアがこれらの過程で真核生物と重要な分子機構を共有しているという事実は、外見だけで生物を判断することの危うさをはっきり示しています。

アーキアはほかの生化学的特徴も独特です。彼らの細胞膜は、アルケオールなどを含むエーテル脂質に依存しています。細胞膜は細胞内部と外界を隔てる境界であり、その化学的な構成は細胞機能にとってきわめて重要です。つまり、アーキアは単に「ラベルの違う細菌」ではなく、生命の中で独自に際立ったひとつのドメインなのです。

奇妙なエネルギー源に支えられた世界

最もありふれているのに気づかれない存在

アーキアの驚くべき点の一つは、利用できるエネルギー源の多様さです。アーキアは、真核生物よりもはるかに多様なエネルギー源を使いこなします。糖などの有機化合物を利用するものもいれば、アンモニアや金属イオン、水素ガスをエネルギー源とするものもいます。

これは、生命を支える化学反応の集合体である「代謝」が、日常の感覚をはるかに超えた姿をとりうることを思い出させてくれます。あらゆる生物において、代謝はエネルギーを手に入れて利用し、構造を維持し、成長や生殖を行い、環境に応答する仕組みです。しかしアーキアは、「生命が利用できる化学ルート」がどれほど多様になりうるかを、想像力の限界を押し広げるかたちで示しています。

高い塩分濃度に耐えるアーキアの一部(ハロアーキア)は、エネルギー源として太陽光を利用します。別のアーキアは炭素固定を行います。ただし、植物やシアノバクテリアについて一般に説明されるようなかたちで、これら両方を行うことが知られているアーキア種はいません。エネルギー利用がこれほど多様であることが、アーキアが非常に幅広い環境に適応できる理由の一端です。

極限環境から「ふつう」の環境へ

アーキアは、最初は温泉や塩湖のような極限環境にすむ「好極限生物」として観察されました。この早期の発見によって、アーキアは長らく「特殊で珍しい環境にだけいる生物」という印象をもたれてきました。しかし、分子レベルでの検出技術が進歩すると、土壌・海洋・湿地など、ほぼあらゆる生息地からアーキアが見つかるようになりました。

とくに海洋ではアーキアが非常に多く存在しており、アーキアプランクトンは地球上で最も豊富な生物群の一つかもしれません。言い換えれば、地球で最もありふれた生物の一部が、かつては「異常で過酷な環境にしかいない」と思われていたのです。

アーキアはあらゆる生物のマイクロバイオータの一員でもあります。人間のマイクロバイオームにおいては、腸や口腔、皮膚で重要な役割を果たしています。形態や代謝、分布の多様性のおかげで、アーキアは炭素固定や窒素循環、有機物の分解、微生物どうしの共生・合成(シントロフィー)関係の維持など、数多くの生態学的な役割を担っています。

微生物が占める生命の多数派

微生物には、細菌やアーキア、多数の微小な真核生物が含まれます。生物学は、動物や植物が登場するはるか以前から、地球上には生命が存在していたことを明らかにしています。生命はおよそ37億年以上前に誕生したと考えられており、初期の地球は微生物が支配する世界でした。

共存する細菌やアーキアからなる「微生物マット」は、太古代の初期には支配的な生命形態だったと考えられています。初期の進化における重要なステップの多くは、このような環境で起こったとみられています。真核生物の最古の証拠は約18億5,000万年前のものであり、異なる役割を持つ細胞から成る多細胞生物が現れ始めたのは、さらに後の約17億年前とされています。

この時間軸は、私たちがよく知っている大きな生物を、適切な文脈の中に位置づけ直してくれます。地球の歴史の大半において、生命は微生物だったのです。そして現在でも、微生物は生態系や物質循環、生物圏の基本的な機能にとって欠かせない存在です。

生態学において微生物が重要な理由

生態学は、生物の分布や豊富さ、そして生物と環境との相互作用を研究する学問です。生態系のなかでは、生物は水や気温、土壌、光などの非生物的要素と、栄養塩の循環やエネルギーの流れを通じて関わり合っています。

微生物は、これらのシステムにとって不可欠です。分解者は死んだ有機物を分解し、炭素を大気中に戻すとともに、植物やほかの微生物が利用できる形に栄養塩を再生します。アーキアは、窒素循環や炭素固定など、地球規模の「生物地球化学サイクル」の主要なプロセスに関わっています。

生物地球化学サイクルとは、窒素や炭素、水といった元素が、地球上の生物的・非生物的な部分をどのような経路で巡るかを表したものです。このサイクルの中で、目に見えにくい微生物の世界は決して「余談」ではありません。むしろ、その原動力の大部分を担っているのです。

生命は見た目よりもはるかに広い

生物学はしばしば、植物や動物、人間の身体を扱う学問として紹介されます。しかし、少し掘り下げて学べば学ぶほど、その見方は大きく広がっていきます。生命科学とは、細胞や遺伝子、代謝、進化、生態系、そしてその多くが微小な姿をした膨大な生物多様性を含む学問なのです。

ウイルスは「生命の境界」に身を置くことで、そもそも生命とは何かという定義に揺さぶりをかけます。アーキアは、見た目は細菌に似ていながら、分子レベルでは真核生物と重要な特徴を共有していることで、単純な分類の思い込みをくつがえします。そして、より広い微生物界は、「重要な生命とは目で見てわかる大きな生物だ」という考えそのものに疑問を投げかけます。

生命の「隠れた多数派」が見えにくいのは、それが重要でないからではありません。私たち人間の感覚が、最初からそれに気づくようにはできていなかったからです。生物学は、その見えない世界を見通す道具を私たちに与えてくれます。そこには、日常の感覚をはるかに超えて奇妙で小さく、そして想像以上に豊富な存在が満ちているのです。

目に見える世界を一歩越えて、DeepSwipeをダウンロードし、スワイプするたびに「生命の隠れた多数派」を発見してみましょう。