ブラックホールは自ら光を放たず、しかも一度事象の地平線(それを越えると二度と戻れない境界)を越えた光は外へ出てこられません。では、本来「見えない」はずの天体を、天文学者たちはどうやって研究しているのでしょうか?
答えは、とても間接的です。ブラックホールは、その周囲に及ぼす影響によって姿を現します。光を曲げ、ガスをかき回して灼熱の円盤をつくり、物質をジェットとして吹き飛ばし、星々を高速の軌道に引き込み、互いに衝突するときには時空そのものを震わせます。現代の天文学は、こうした手がかりを読み解く術を身につけてきました。
こうした理由から、ブラックホールは「見えないものを見る」ことの最もわかりやすい例となっています。科学者たちはすでにブラックホールの「影」を撮影し、ブラックホール同士の合体で生じる重力波を検出し、天の川銀河中心にある巨大ブラックホールの質量も測定しています。
ブラックホールの観測が難しい理由
ブラックホールは、極めてコンパクトで重力が非常に強い天体であり、事象の地平線の内側からは光を含めて何も脱出できません。そのため、ブラックホールそのものは暗黒です。事象の地平線そのものを、通常の意味で直接「撮影」することはできないので、天文学者はその外側に現れる証拠に頼る必要があります。
その証拠は、しばしば壮観です。ブラックホールに落ち込む物質は、多くの場合、降着円盤と呼ばれる、内側へ渦を巻きながら落ち込む高温ガスとプラズマの扁平な円盤を形成します。摩擦によって物質は激しく加熱され、とりわけX線を中心に多量の放射を放つようになります。場合によっては、ブラックホール周辺が宇宙で最も明るい場所のひとつになることさえあります。
ブラックホールは近くの星にも影響を与えます。もし可視光で見える星が、目に見えない天体の周りを回っているなら、その星の運動から隠れた天体の質量や位置を割り出すことができます。また、2つのブラックホールが合体するときには、時空のさざ波である重力波が宇宙空間に放たれます。
ブラックホールの影を撮る

天文学における最も劇的な成果のひとつが、イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope:EHT)から生まれました。EHTは一つの望遠鏡ではなく、世界各地の電波望遠鏡が連携した地球規模のシステムです。地球上の複数の電波望遠鏡の観測を組み合わせることで、地球サイズの仮想望遠鏡をつくり出しています。
なぜそこまで大掛かりなことをするのでしょうか。それは、ブラックホールのごく近傍の見かけの大きさが、空の中で極めて小さいからです。電波の波長でブラックホール周辺の細かい構造を見分けるには、非常に高い角度分解能、すなわちごく微細なディテールを区別する能力が必要になります。
EHTはこの手法を用いて、2019年4月10日、人類初となるブラックホールとその周辺の直接画像を発表しました。そこに写っていたのは、メシエ87銀河の中心にある超大質量ブラックホール、通称M87です。2022年には、天の川銀河中心に位置するブラックホール、いて座A(Sagittarius A*)の画像も公開されました。
EHTが捉えているのは事象の地平線そのものではなく、ブラックホールの「影」です。この影は、光が強く曲げられてブラックホールの周りを周回し得る領域である「光子球」と深く関係しています。遠方から見ると、その極端な光の曲がり方によって、周囲の明るい物質に囲まれた暗い中央部のシルエットが形作られます。
ごく簡単にいえば、影とは、明るい背景を背にしたブラックホールの輪郭です。ブラックホールが実在することを示す、最も力強い視覚的サインのひとつといえます。
なぜ影が重要なのか

ブラックホールは通常の意味で、可視光のような信号を自ら放つことがありません。その存在は、近くの物質や放射への影響から推論するしかないのです。EHTの画像は、まさにそうした証拠を与えてくれます。
いて座A*の画像は、天の川銀河中心のコンパクトな電波源が本当にブラックホールであることを、さらに裏づけました。天文学者たちはすでに何十年も前から、近傍の星々の運動に基づいて強力な証拠を積み重ねてきましたが、その「影」の画像は、そこにブラックホールがあるという主張に、非常に印象的な新たな裏づけを加えたのです。
ブラックホール衝突の「音」を聴く

ブラックホールは光だけでなく、重力波によっても存在を示します。
重力波とは、時空そのもののさざ波です。2つのブラックホールが互いに接近しながら渦を巻いて合体するなど、巨大な天体がとりわけ激しく運動するときに生じます。その波が地球を通過すると、距離がごくわずかに伸び縮みします。
LIGOやVirgoのような観測施設は、この極小の変化を捉えるために設計されています。そこで用いられているのが重力波干渉計という手法で、レーザー光を直交する2本の長いアームに分け、それぞれを鏡で反射させてから再び重ね合わせます。通常は、光どうしが一定の仕方で打ち消し合うように調整されていますが、重力波が通過するとアームの有効な長さがわずかに変化し、その変化が測定可能な信号として現れます。
地球に届くころには重力波は極めて弱くなっているため、この方法は桁外れの感度が求められます。そのため観測施設では、数キロメートルに及ぶ長大なトンネルを用い、あらゆる雑音源を厳重に制御しています。
2015年末、LIGO科学コラボレーションとVirgoコラボレーションは、GW150914と名付けられた世界初の重力波の直接検出に成功しました。これは、ブラックホール同士の合体を直接観測した最初の例でもあります。合体の瞬間、2つのブラックホールは太陽の約30倍と35倍の質量をもち、およそ14億光年彼方で衝突したと推定されました。
この最初の快挙以来、LIGOとVirgoは何百件もの重力波イベントを観測しています。
合体が教えてくれること

重力波は、ブラックホールが衝突することを示すだけではありません。波形を詳しく解析することで、関わったブラックホールの質量やスピンといった性質を推定することができます。
ここでいうスピンとは角運動量、すなわちブラックホールがどれほど速く回転しているかを指します。ブラックホールは、宇宙空間にただ静止した暗い球体というわけではありません。多くは回転しており、その回転が周囲の時空構造に影響を及ぼします。
重力波の信号には、合体前の渦巻き運動(インスパイラル)から合体そのものに至るまでの情報が含まれています。そのため、元の2つのブラックホールの性質と、合体後に残るブラックホールの性質を推定することができるのです。こうした理由から、重力波天文学は非常に強力な新しい観測手段となりました。光がほとんど、あるいはまったく観測できない状況でもブラックホールを研究できるからです。
天の川中心の巨大ブラックホールの「重さ」を量る
いて座A*の画像が発表されるずっと以前から、天文学者たちは天の川銀河の中心に超大質量ブラックホールが存在するという強い証拠をつかんでいました。
1995年以降、天文学者たちは天の川中心付近にある星々の固有運動を継続的に追跡してきました。これらの星は、電波源いて座A*の位置にある目に見えない天体の周りを公転しています。星の軌道をケプラー運動として解析することで、非常に大きな質量がごく小さな領域に詰め込まれていることがわかったのです。
この研究でよく知られている星のひとつがS2で、完全な一周の軌道が観測されました。こうした軌道データを用いて、天文学者たちはいて座A*の質量を太陽の約430万倍、しかも0.002光年にも満たない領域に収まっていると見積もりました。
これが、ブラックホールの「重さ」を量る際の基本的な考え方です。ブラックホールそのものは見えなくても、近くの星をどれほど強く引き寄せているかは測定できます。軌道が速く、かつきつく締まっているほど、その中心に集中している質量は大きいということになります。
こうした観測結果は、単に「重い何か」があることを意味しているだけではありません。これほど大量の目に見えない質量を、これほど小さな体積に閉じ込める現実的な説明は、超大質量ブラックホール以外には考えにくいのです。
光、運動、そして時空のさざ波
これらを総合すると、ブラックホール天文学は3つの大きな検出戦略に支えられているといえます。
第一に、光です。ブラックホール周囲の物質は、降着円盤やジェットなどの高エネルギー構造を形成し、極めて高温・高輝度になります。EHTは、こうした周辺からの電波を利用してブラックホールの影を描き出しています。
第二に、運動です。いて座A*の周囲を回る星々の軌道は、見えない中心天体の存在とその質量を教えてくれます。
第三に、時空のさざ波、すなわち重力波です。重力波観測所は、ブラックホール同士の合体によって生じる時空のゆらぎを測定することで、その存在をとらえています。
それぞれの手法は、ブラックホールの異なる側面を探ります。画像はブラックホールのごく近傍の環境を映し出し、軌道観測は時間をかけてその重力の影響を明らかにします。重力波は、ブラックホールが最も激しく動く場面を直接とらえます。
見えないものを測る
かつてブラックホールは、数学的な奇妙さの産物とみなされることもありました。ところが今日では、複数の分野にまたがる観測によって、測定され、画像化され、直接検出される対象となっています。
M87の影は、地球規模の仮想望遠鏡によってブラックホールのシルエットが描けることを示しました。重力波の検出は、ブラックホール同士が合体し、その信号が途方もない距離を越えて観測可能であることを証明しました。そして、いて座Aの周りを回る星々は、天の川銀河の中心に潜む暗黒の巨人が太陽の約430万倍もの質量をもつことを明らかにしました。
このように、ブラックホール自体は光を逃がさないものの、観測の手が届かないわけではありません。その重力は、光や運動、さらには時空そのものに、はっきりとした「署名」を書き込んでいるのです。その意味でブラックホール天文学は、見えないものを確かな証拠へと変えてきた、科学の大きな勝利のひとつだといえるでしょう。