1〜3歳ごろの幼児期は、変化の連続です。この時期の子どもは、動き・ことば・社会性・感情面など、あらゆる面で大きく成長します。歩く、走る、よじ登る、短い文で話し始めるといった節目は目に見えてわかりやすいものです。いっぽうで、もっと静かで目立たないものの、同じくらい興味深い節目もあります。その代表が「指さし」と「鏡に映った自分を認識すること」です。
一見シンプルに思えるこれらの行動は、実は大きな心理的発達のあらわれです。子どもが他の人にも見てほしいものを指さしたり、鏡に映った顔が自分自身だと気づいたりするとき、そこには「自分」と「周りの世界」についての新しい理解が芽生えています。
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指さしがそれほど大事な理由
幼児発達の初期で重要な節目のひとつが、「誰かに見せたいものを指させるようになること」です。これは多くの場合、1歳になる前に見られるようになり、子どもの心の発達における大きな一歩と考えられています。
指さしは、単なる身ぶりではありません。子どもが「自分の注意」と「相手の注意」を結びつけ始めていることを示します。つまり、幼児はただ物を見ているだけではなく、「相手もそれを見ることができる」と理解し始めているのです。これは社会的な気づきにおける大きな転換です。
これは幼児期全体の発達パターンの一部でもあります。幼い子どもは、遊びを通じて世界と関わったり、順番を守ったり、ごっこ遊びをしたりといった社会的な力を伸ばしている最中です。指さしは、「誰かと経験を共有する」ことを学び始めた最初期のサインのひとつと見ることができます。
またこの行動は、幼児がより活発で自立的になっていく時期と重なります。環境を探検し、自分の好みを伝えようとするなかで、子どもは「何に興味があるか」「何がほしいか」「何が必要か」を一生懸命伝えようとします。ことばが十分に使えるようになる前、指さしはその気持ちを最もわかりやすく伝える手段のひとつです。
身ぶりからことばへ向かう道のり

指さしは、ことばの発達と合わせて見ると、いっそう興味深くなります。最初の意味のあることばが出るのは生後12か月ごろが平均的とされていますが、これはあくまで目安です。その後、語彙は少しずつ増え、18か月ごろから急に増え始めることがよくあります。
この時期の幼児は、1日に7〜9語ほど新しいことばを覚えることもあります。このころには、およそ50語程度を理解・使用していることが多いとされます。さらに21か月ごろになると、「いくよ」「ママちょうだい」「あかちゃんあそぶ」など、2語を組み合わせた簡単な文を話し始める子が増えてきます。
ことばが十分に増える前は、身ぶりが意味を運びます。指さしをする子どもは、すでにしっかりと「コミュニケーション」をとっています。「あれ見て」「これに気づいて」と、ことばにならないことばを伝えているのです。のちに話しことばが加わればより正確に伝えられるようになりますが、その背後にある「誰かと共有したい」という社会的な気持ちは、指さしの段階ですでに育ち始めています。
こうした早期のコミュニケーションの節目が注目されるのには理由があります。発達心理の研究では、特定の節目に到達する年齢と、その後の知能とのあいだに関連が見られることが報告されています。ただし専門家は、発達が幅広い正常範囲内にある限り、子どもを急がせないよう強く勧めています。発達のスピードには個人差が大きく、子どもはそれぞれのペースで育つからです。
幼児が「自分」を見つけるとき

およそ18か月ごろ、もうひとつ印象的な節目が訪れます。それが「自己認識」です。この頃、多くの子どもは、自分が独立したひとりの人間であり、自分だけの考えや行動を持つ存在だと気づき始めます。
これは非常に大きな変化です。より幼い子どもは、鏡を見ても、そこに映るのを「別の子」と受けとめたり、ただ「おもしろい映像」として眺めたりすることが多いものです。しかし自己認識が芽生えると、鏡はまったく違う意味を持つようになります。子どもは、もう「顔」を見ているだけではありません。「あれは自分だ」と気づき始めるのです。
自己認識とは、自分を他人とは別個のひとりの人間として理解することです。幼児期にこれが重要なのは、子どもが「親の一部」ではなく、「自分は自分」という存在だとだんだん気づいていく時期だからです。自分の望み、自分の行動、自分なりの反応を持つ、ひとりの人としての自分を発見していきます。
この新しい気づきは、幼児ならではの行動をよく説明してくれます。自己認識は、子どもが好みをはっきり示し、自立心を強めていく時期にちょうど重なります。より大胆に探検し、「好き」「きらい」をはっきり表し、ときには境界線を試すような行動も増えていきます。幼児は「世界がどうなっているか」と同時に、「その中で自分はどんな位置にいるのか」を学んでいるのです。
ルージュテストとは

自己認識を確かめる代表的な方法に「ルージュテスト(口紅テスト)」があります。このテストでは、子どもの顔に口紅などで小さな印をつけ、そのあと鏡を見せます。
鏡に映った印に気づいた子どもが、鏡のほうではなく自分の顔に手を伸ばした場合、その子は「鏡に映っているのは自分だ」と理解していると考えられます。映像と自分の身体とを結びつけている、ということです。
ルージュテストはシンプルですが、心の発達の大きな転換点を映し出します。これは、単に「変わったものに気づいたかどうか」だけの話ではありません。「自分という身体を持った存在」を認識しているかどうかに関わるものなのです。
この節目は、親や養育者にとって、幼児の頭の中をのぞくための「小さな窓」になります。歩くことや話すことは成長のわかりやすいサインですが、自己認識は、目には見えにくい内面の変化が進んでいることを教えてくれます。
新しい感情:恥ずかしさと誇らしさ
自己認識が芽生えると、新しいタイプの感情も現れ始めます。自分を認識できるようになるのと同時に、それまで見られなかった「恥ずかしさ」や「誇らしさ」といった感情が顔を出すようになります。
これらの感情が重要なのは、子どもが「自分」に気づいただけではなく、「他人との関係の中の自分」にも気づき始めていることを示すからです。何かできたときに嬉しそうに誇らしげな様子を見せるのは「誇らしさ」のあらわれですし、周囲から注目されたときや、自分のどこかがいつもと違うときにモジモジしたり隠れたがったりするのは、「恥ずかしさ」が芽生えているサインかもしれません。
こうした感情の発達も、幼児期に起こる大きな変化の一部です。この時期は感情がとても強く出やすく、いわゆる「かんしゃく」も有名です。2歳前後は「魔の2歳児」と呼ばれることもありますが、子どもによっては9か月ごろから、環境などの条件によってかんしゃくが始まることもあります。
かんしゃくが頻繁に起きるのは、幼児が強い感情を持ちながら、まだ年長児や大人のように適切に表現する方法を知らないためです。空腹、不快感、疲れ、自立したい気持ちなど、さまざまな要因が引き金になります。親とは別個の存在だと気づいていくなかで、子どもは「どこまでが自分の自由なのか」という境界線を試しつつ、周囲の世界を理解しようとしているのです。
こう考えると、「恥ずかしさ」や「誇らしさ」が現れてくるのも自然な流れだとわかります。「あれは自分だ」と気づける子どもは、自分自身について、より個人的で社会的に複雑な感情を抱けるようになりつつあるのです。
幼児発達をより大きな視点で見る
指さしや鏡での自己認識は、たしかに重要な節目ですが、幼児期の発達のごく一部にすぎません。これらは、ずっと広い発達の風景の中に位置づけられます。
幼児発達は、しばしばいくつかの相互に関連した領域で説明されます。
体の成長と運動能力
身体発達には、身長や体重といった大きさの変化に加え、運動のコントロールの向上が含まれます。大きな筋肉を使う「粗大運動」には、歩く、走る、ジャンプする、よじ登るなどがあり、小さな筋肉を使う「微細運動」には、自分で食べる、描く、物をつまんだり操作したりするといった動きが含まれます。
こうした身体能力は、探検する力を支えます。自由に動けるようになった子どもは、より多くの世界を自分で確かめることができ、その経験の広がりがコミュニケーションや社会的な関わり、「自分探し」の機会を増やしてくれます。
視覚・聴覚・ことば
視覚は、近くや遠くを見る力だけでなく、見たものをどう理解するかも含みます。聴覚とことばの発達には、音を聞き取ること、聞いたものを理解すること、ことばを学ぶこと、そしてそれを使って効果的にコミュニケーションをとることが含まれます。
これらの働きは、指さしにも鏡での自己認識にも関わっています。幼児は、物や顔、映り込みを見つけられる必要がありますし、自分が伝えようとしていることに対して、周りの人がどう反応するかも学んでいきます。
社会性の発達
社会性の発達には、遊びを通じて人と関わること、順番を守ること、ごっこ遊びをすることなどが含まれます。指さしは、こうした社会的なつながりが生まれ始めた早期のサインのひとつです。鏡での自己認識は、その社会世界の中で「自分」という存在を理解しはじめていることを示し、社会性に新たな側面を加えます。
発達は連続体
発達の節目は役に立つ目安ですが、幼児の発達は、子どもによってまったく同じ順番・同じタイミングで起こるわけではありません。発達は連続体であり、個人差がとても大きい領域です。「普通」とみなされる範囲も広く存在します。
専門家は、「この年齢までにこの節目」といった一般的な目安はあるものの、子どもはそれぞれのペースで発達していくと指摘しています。ほかの子と比べて、ある節目に到達するタイミングが少し違っていても、それだけで過度に心配する必要はないとされています。早産や乳児期の病気などは、発達のペースをゆるやかにすることもあります。
こうした視点は、「自分探し」に関わる節目を考えるうえで特に役立ちます。ある子は、指さしを早くからするかもしれません。別の子は、鏡の中の自分を認識するのが少し遅いかもしれません。大切なのは、身体・社会性・感情・ことばといった複数の領域で、全体としてどのように成長しているかという「大きな流れ」です。
なぜ小さな瞬間がこんなに大きく感じられるのか
部屋の向こうを指さす小さな指。鏡をじっと見つめ、自分の顔についた印にそっと触れる幼児。ひとつひとつはごく短い出来事ですが、そこには大きな変化が映し出されています。
これらは、子どもが単なる「反応する存在」から、「注意・自分・感情」をより豊かに意識する存在へと移り変わっていることを示します。指さしは、「経験を誰かと分かち合いたい」という気持ちのあらわれです。鏡で自分を認識することは、「自分」という感覚が芽生えた証です。そしてその「自分」がはっきりすることで、誇らしさや恥ずかしさといった感情が生まれ、自立心や激しい感情表現など、幼児期ならではの姿がいっそう色濃くなっていきます。
よちよち歩き、あふれるようなことばの獲得、高まる自立心、強い感情——幼児期はこうした変化でよく知られています。その日常の変化の奥底には、「『わたし』の発見」という、最も不思議で驚くべき発達のひとつが隠れています。