氷期後の中石器時代の先史世界

中石器時代は人類史の大きな転換点であり、氷期の巨大な氷河が後退し、気候が変わり、人間社会が創造的なかたちで適応していった「長いあいだの過渡期」でした。旧石器時代と新石器時代のあいだに位置する時代であり、年表のうえでは説明しやすい一方で、単純な物語にまとめることはとても難しい時期でもあります。

この時代の人びとは、農耕がやって来るのをただ待っていたわけではありません。とくに北ヨーロッパでは、中石器時代の社会は、温暖化した景観や湿地、河川、湖、海岸にうまく適応した暮らし方を発展させていました。新しい種類の道具を作り、漁労具を用い、カヌーや弓を作り、最終氷期の終わりによって一変した環境のなかで、生活基盤を築いていったのです。

「中石器時代」という語は、ギリシア語に由来する「中間」と「石」という意味から来ており、「中期の石の時代」を指します。旧石器時代(パレオリシック)と新石器時代(ネオリシック)のあいだに位置する、技術的・文化的発展の時期を表す名称です。実際には、これはおよそ1万年前、更新世終末の氷河退却後に始まり、農耕が導入されることで終わりを迎えます。

ただし、その終わりのタイミングは地域によって大きく異なりました。とくに西アジア(近東)では、更新世の終わり頃にはすでに農耕が始まっていたため、中石器時代は短く、はっきりと区別しづらい場合もあります。一方、最終氷期後の気候変化の影響が大きかった地域では、この時期ははるかに明確に認められ、数千年にわたって続きました。

こうした時間的な「ずれ」は、先史時代全体を理解するうえで非常に重要なポイントです。先史時代はどこでも同時に終わったわけではなく、その各段階も同時に移り変わったわけではありません。人間社会は地域ごとに、そこに固有の条件に応じて変化していったのです。

氷河後退ののちに現れた新しい世界

人びとは「農耕待ち」だけをしていたわけではない

中石器時代は、劇的な環境変化とともに始まります。氷河が後退すると、地形は開け、森や湿地などの生態系が変容しました。北ヨーロッパでは、温暖化に伴い、豊かな食資源を備えた湿地帯が形成されていきます。湿地は、魚や鳥、植物など多様な生き物を支えうる低湿地帯であり、人間にとって非常に生産性の高い環境となりえました。

こうした豊かな資源のおかげで、北ヨーロッパの一部の社会は、まだ本格的な農耕社会には移行しないままでも、きわめて安定した暮らしを営むことができました。これは、人間の発展が「狩猟から農耕へ」まっすぐ、そしてできるだけ早く進んだ、という単純なイメージに疑問を投げかけます。地域によっては、中石器時代的な生活様式が長きにわたってうまく機能していたのです。

このような環境条件が、人びとの特有の行動様式を促したことは、マグレモジ文化やアジル文化といった考古学上の文化からもうかがえます。つまり、氷期が終わったからといって、人びとがどこでも同じように振る舞ったわけではなく、それぞれの地域環境がもたらす機会に応じて、異なる仕方で適応していったのです。

生き延びるだけではない:変わる景観に合わせた道具一式

景観もまた姿を変え始める

多くの地域における中石器時代の特色のひとつは、小さな複合石器、とくにマイクロリスとマイクロブリンです。マイクロリスは、刃や尖頭状に加工されたごく小さな石片で、複数を組み合わせて大きな道具や武器にすることができました。ひとつの大きな石の尖頭がすべてを担うのではなく、小さな石片を何枚も柄やシャフトにはめ込むことで、柔軟で効率的な道具セットを実現していたのです。

マイクロブリンは、こうした道具を作る過程で生じる、特定の形式をもつ小さな石片であり、この種の精密で融通の利く石器製作技術の存在を物語ります。

しかし、中石器時代の技術は石器に限られません。ある遺跡からは、漁労具、石斧に似た石製アッズ、さらにカヌーや弓といった木製品も見つかっています。漁労具には魚を捕らえるさまざまな道具が含まれ、アッズは斧に似た木工用の刃物で、木材の成形などに用いられました。カヌーや弓の存在は、単に道具作りの技術にとどまらず、移動や狩猟、河川や湿地を活用する高度な技術を示しています。

これらの発明や技術は、中石器時代の共同体が周囲の環境に非常に敏感に対応していたことを示しています。水路は障害ではなく、移動路であり食料源でした。森林もまたただの荒野ではなく、狩猟や木工、居住に活用される場だったのです。

なぜ中石器時代は見えにくいのか

氷期の終わりと暮らしの変化

ほかのいくつかの先史時代と比べると、中石器時代は考古学的証拠のうえでは薄く、つかみにくい印象を与えることがあります。この時期の遺物は「点々としか見つからない」と言われることが多く、その多くは貝塚などの堆積物に限られます。貝塚とは、古代のゴミ捨て場のようなもので、貝殻や骨、道具、その他の不要物が捨てられてできた堆積です。華やかには聞こえないかもしれませんが、食生活や日常生活、周辺資源の利用法などを知るうえで、貝塚は非常に重要な資料となります。

こうした証拠の「まだらさ」ゆえに、中石器時代は、その前後の時代に比べて知名度が低いと感じられがちです。旧石器時代は人類の起源や初期の画期的出来事を含む、きわめて古い時代ですし、新石器時代は農耕や村落、より恒久的な定住が始まる時期として注目されます。そのあいだに位置する中石器時代は、記念碑的ではないかもしれませんが、決して重要性が劣るわけではありません。

むしろ、物質的な記録が控えめだからこそ、この時期は魅力的とも言えます。急速に変化する景観のなかで、人びとが動きながら試行錯誤していた様子が、そこに垣間見えるのです。

農耕が支配的になる前に

中石器時代の興味深い点のひとつは、農耕がまだ完全には広がっていない世界でありながら、人びとがすでに高度な適応を行っていたということです。地域によっては、農耕の到来は何千年も遅れました。北ヨーロッパはその典型で、豊かな湿地環境が社会を強力に支えたため、一部地域では新石器時代への移行が紀元前4000年頃とかなり遅くなりました。

これは、農耕が瞬時に、どこでも同じように「より良いもの」として受け入れられたわけではないことを思い出させてくれます。狩猟採集や漁労、そして周囲の環境を綿密に利用することによって、人びとは十分に豊かな暮らしを営むことができました。中石器時代の社会は、単純な意味で「停滞」していたわけでも、「原始的」だったわけでもありません。利用可能な資源を複雑なかたちで活用する、創意に富んだ能力を備えていたのです。

より広い先史時代の流れを見ても、このことは裏づけられます。旧石器時代の人類は、一般的には遊動的な狩猟採集民として生きていましたが、資源が非常に豊富であったり、高度な食料貯蔵技術をもったりする一部の集団は、より定住的な生活様式をとることもありました。中石器時代は、氷期の終わりによる新たな気候条件のもとで、この適応の物語が続いていく段階なのです。

環境を作り変え始めた最初の兆候

中石器時代が重要なのは、森林地帯における最初期の森林伐採の痕跡が見られることにもあります。森林伐採とは、森を切り払ったり、開墾したりすることです。中石器時代には、こうした痕跡はまだ初期的な段階にすぎません。大規模な土地の開墾が本格化するのは、農耕に広い土地が必要となる新石器時代のことです。

それでも、これらの初期的な痕跡は重要です。農耕が支配的となるより前から、人間がすでに景観を目に見えるかたちで変え始めていたことを示しているからです。氷期後の世界は自然に変わっていっただけでなく、人間によっても変えられつつあったのです。

この点で、中石器時代は、人類による環境への影響という長い歴史の重要な一章をなしています。まだ後世のような大規模な農耕による変貌は見られないものの、人間社会がどの方向へ向かいつつあったのか、その兆しがはっきりと現れているのです。

地域によって大きく姿を変える時代

中石器時代を、どこでも同じように経験された普遍的な「一段階」として理解することはできません。農耕が早くから発達した西アジアでは、この時期は短く、ときに不明瞭です。一方、氷河の影響が比較的限られた地域では、「中石器時代」ではなく「後期旧石器時代(エピ・パレオリシック)」という用語が好まれることもあります。氷河の後退が大きな環境変化をもたらした北ヨーロッパでは、中石器時代ははるかに長く、明確な時期として際立っています。

こうした地域差は、先史時代全般に通底する事実の一部でもあります。考古学者たちは、石器時代・青銅器時代・鉄器時代といった区分で人類の先史を整理しますが、これらはあくまで過去を理解するための現代の分析ツールにすぎません。証拠を体系化するうえでは役立つものの、実際に生きていた人びとの現実は、いつもそれ以上に多様だったのです。

中石器時代は、まさにその複雑さを体現した好例だと言えるでしょう。「中間の時代」ではあっても、「取るに足らない時代」では決してありません。

なぜ中石器時代の暮らしは今も意味をもつのか

中石器時代の先史は、大きな環境変化の局面における人間の柔軟性を示しています。最後の氷期が終わるとき、人びとはただ変わりゆく世界に耐えたのではありません。新しい技術を生み出し、湿地や水路を巧みに利用し、森林や景観にささやかながらも確かな痕跡を残し始めました。

それは、何かを「待つ」時代ではなく、適応の時代であり、立ち止まりではなく工夫の時代でした。小さな火打石の石器、漁労具、弓、カヌー、そして森林伐採の最初の兆候は、いずれも農耕村落が「文明の始まり」の代表例として定着するはるか以前から、人びとが自らの未来を積極的に形づくっていたことを物語っています。

もし新石器時代が「新しい世界を築いた時代」として記憶されるのだとすれば、中石器時代は「氷が溶けてできあがった新しい世界のなかで、どう生きるかを学んだ時代」としてこそ、ふさわしい評価を受けるべきなのです。

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