人工生命:自然がつくらなかったものをつくる

人工生命という分野は、大胆な問いを投げかけます。「人間は生物を観察するだけでなく、その性質の一部を自分たちで再現したらどうなるのか」。既に存在している細胞・生物・生態系をただ観察するのではなく、コンピュータ、ロボット工学、生化学などを用いて、生命のようにふるまうシステムをシミュレーションしたり構成したりすることで、生命を理解しようとするのが人工生命です。

これと密接に関わっているのが、合成生物学と呼ばれる新しいバイオテクノロジーの分野です。これは科学と生物工学を組み合わせた領域で、その目的はきわめて野心的です。「自然界には存在しない生物学的な機能やシステムを設計し、つくり出す」こと。既存の生物を単にまねるのではなく、生命のしくみを手がかりにまったく新しい有用な能力を生み出そうとするのです。

この分野は、生物学におけるもっとも深いテーマが交差する場所にあります。生命は、単なる物質のかたまりではありません。一般には、恒常性(ホメオスタシス)、組織化、代謝、成長、適応、刺激への応答、そして生殖といったプロセスによって語られます。生命は「物質」ではなく「過程」であるため、その定義をぴたりと決めるのは容易ではありません。この難しさこそが人工生命を魅力的なものにしています。生命らしいシステムを実際につくろうとすることで、「生命に本当に不可欠なのは何か」が同時に試されるからです。

人工生命とは、生命のあらゆる側面をシミュレーションする取り組みです。このシミュレーションは、ソフトウェア上で行われることもあれば、ロボット工学や生化学のかたちをとることもあります。コンピュータモデルが生物のふるまいを模倣したり、ロボットが生命らしい反応や協調行動を見せたり、化学システムが生体物質に特有のプロセスの一部を再現したりします。

ここで目指されるのは、必ずしも「完全な一個の生物」をつくることではありません。自己組織化、シグナル伝達、適応、生殖といった生命の一部の性質だけをモデル化する場合もあります。自己組織化とは、外部から一つひとつ手で組み立てられるのではなく、システム内部のプロセスだけで秩序や構造が立ち上がってくる性質のことです。多くの生命の定義が「生物は自らを組織し、自らをつくり出す存在である」と強調するのは、この自己組織化が重要だからです。

生命を「周囲の環境にあるエネルギーの差を利用しながら、自分自身の不完全なコピーをつくり続ける開いたシステム」とみなす考え方もあります。また、分子機械から細胞、組織、個体、集団、生態系、そして最終的には生物圏にいたるまで、階層構造をもったシステムとしてとらえる見方もあります。人工生命は、こうした階層の一部を単純化したり、これまでにないかたちに組み直したりすることで、生命システムの性質を調べる道具になりえます。

合成生物学:意図をもって生物を設計する

シミュレーション、設計、構築

合成生物学は、単なるシミュレーションから一歩踏み込みます。新しい生物学的機能やシステムを、実際に設計し構築することを目指すのです。

平たくいえば、合成生物学は生物学を「理解の対象」であると同時に「工学的に扱う対象」として捉えます。

合成生物学は、科学と生物工学が融合した新しいバイオテクノロジー分野と説明されます。バイオテクノロジーは広く、生物やその構成要素を実用目的で利用する技術全般を指します。合成生物学はその中でも、意図的な設計に重点を置くアプローチです。長期的には、情報処理、化学物質の操作、材料や構造の生成、エネルギー生産、食料供給、人の健康や環境の維持・向上といった役割を果たす、「設計された生物システム」を構築することが目標とされています。

この目標リストから、なぜこの分野がこれほど注目を集めるのかが見えてきます。合成生物学は、単なる知的好奇心のためだけのものではありません。大きな実用性をはらんでいるのです。もし生物システムに新しい機能を設計して組み込めるなら、医療、製造、エネルギー、農業、環境保全といった分野の課題を解決する強力な道具になりえます。

生命を「つくる」ことで、生命を理解する

より良い世界のための道具

人工生命が人を惹きつけるのは、「生命とは何か」という問いが昔から難問だったからです。科学者や哲学者はさまざまな定義を提案してきており、その数は123を超えるとも言われます。現代の生物学的な定義の多くは、絶対的な一行の定義というよりも、生命に典型的に見られる特徴を列挙する記述的なものです。

代表的な特徴には、次のようなものがあります。

恒常性(ホメオスタシス)

生命のはたらきをデザインする

恒常性とは、内部の状態を一定の範囲に保つための調整機能です。暑いときに汗をかいて体温を下げるのは、よく知られた例でしょう。生命らしい人工システムも、環境条件が変化したときに自らの状態を調整して保とうとするふるまいで、これを模倣できます。

組織化

生物は、一つ以上の細胞から成り立っています。細胞は生命の基本単位です。組織化という言葉はさらに広く、生物として機能するために必要な要素が、秩序だったかたちで配置されている状態も指します。

代謝

代謝とは、生物の内部で起こるエネルギーと物質の変換プロセスの総称です。細胞構成要素を合成する同化(アナボリズム)と、有機物を分解する異化(カタボリズム)を含みます。生物は恒常性を保ち、その他の活動を行うために、常にエネルギーを必要とします。

成長と適応

成長は、サイズや構造が増大していくことを指します。適応は、進化の過程を通じて、生物が自らの生息環境によりよく適した性質を獲得していくことです。

刺激への応答と生殖

生物は周囲の環境からの刺激に反応します。例えば、単細胞生物が有害な化学物質から遠ざかる、植物が太陽の方向へ向きを変える、といったふるまいです。生殖は、無性生殖・有性生殖の別を問わず、新たな個体を生み出す能力を指します。

研究者たちが、こうした特徴のいくつかを備えたシステムをシミュレーションしたり工学的に組み上げようとするとき、彼らは事実上、「生きている」と「生きていない」の境界線を探っているのです。

細胞と分子——生命の機械仕掛け

合成生物学がどのように新しい機能を構築しうるのかを理解するには、まず生物がどのような構成要素からできているかを知る必要があります。知られているすべての生命は、炭素、水素、窒素、酸素、リン、硫黄といった主要な化学元素に依存しています。これらは、核酸、タンパク質、脂質といった重要な生体分子をつくる材料になります。

とりわけ重要な高分子が、タンパク質と核酸です。核酸にはDNAとRNAがあります。DNAは、既知のすべての生物と多くのウイルスにおいて、成長、発生、機能、生殖に関する遺伝情報の大部分を担っています。タンパク質は、多くの生命プロセスを実際に遂行する「機械」としてはたらきます。

細胞は、生物の基本的な構造単位であり、機能単位です。バクテリアやアーキアのように、単一の細胞だけでできた生物もいます。より大きく複雑な生物は真核生物であり、その細胞には核と膜で囲まれた細胞小器官が含まれます。真核細胞では、タンパク質がゴルジ体を通って加工され、必要な場所へと送り出されることもあります。

こうした細胞や分子の基盤があるからこそ、生物を「設計」することが可能になります。DNAが設計図を蓄え、タンパク質がその設計に基づいて機能を実行するのだとすれば、設計図を書き換えることで、システムのふるまいを変えられるということになります。合成生物学という概念が強力なのは、まさにこの点にあります。生命そのものを支えている情報と化学反応のロジックを利用して、生命を作り替えようとするからです。

自然界には存在しないものを

合成生物学のもっとも刺激的な特徴の一つは、「自然界に存在する生物の模倣」にとどまらない点です。その目標は、「自然には見られない機能やシステムを創出すること」にあります。

この発想が特別なのは、自然の生命そのものが、途方もない時間スケールで進化してきた産物だからです。地球上の生命は少なくとも35億年前から存在するとされ、現在のあらゆる種は、進化の歴史をさかのぼると一つの共通祖先に行き着きます。長い時間の中で自然選択やその他の進化プロセスが働き、今日見られる驚くほど多様な生物相が生まれました。

合成生物学は、これとは別の「新規性」のルートを持ち込みます。自然の進化史の中で新しい機能が偶然現れるのを待つのではなく、研究者がそれらを意図的に設計し、組み上げようとするのです。そういう意味で、合成生物学はバイオテクノロジーを「発見」から「構築」へと拡張するアプローチだと言えます。

地球外の人工生命、極限環境での生命

人工生命の研究は、「宇宙のどこかに生命は存在しうるのか」という、人類にとって最大級の問いともつながっています。現在のところ、生命が確認されているのは地球だけですが、地球外生命の存在を、ありうる・おそらく存在する・ほぼ必然だと考える人も少なくありません。極端な条件や特殊な環境下で生命がどのように成り立ちうるかを理解することは、こうした探索の指針にもなります。

地球上の生命だけを見ても、そのしぶとさは驚くべきものです。生物は土壌、温泉、深い地下の岩石、海溝の最深部、高層大気など、さまざまな場所に生息しています。極限環境微生物(エクストリーモファイル)と呼ばれる一部の微生物は、凍結、完全な乾燥、飢餓、高い放射線などに耐えることができます。このような生物の生命力の強さは、生命という現象のしぶとさを理解するうえで重要な手がかりとなってきました。

これは人工生命にとっても意味を持ちます。生命らしいシステムを構築したりシミュレートしたりすることで、生物システムにおいて「頑丈な性質」と「壊れやすい性質」のどちらがどれなのかが見えてきます。また合成生物学にとっても、極限環境や過酷な条件下で、化学物質を処理したり材料を合成したり機能し続けたりするシステムを設計するうえで、大きなヒントになります。

実用的なビジョン:情報、材料、エネルギー、食料、健康

合成生物学に託された実用的な目標は、幅広く、野心的です。

まず、設計された生物システムは情報を処理できるようになるかもしれません。生物学における情報は、遺伝情報や、生物システム内部の要素同士のシグナル伝達と深く結びついています。細胞はすでに遺伝情報を担い、多細胞生物ではシグナル伝達が個々の細胞のはたらきを協調させています。合成生物学は、こうした能力を取り出し、再設計することを目指します。

また、こうしたシステムは化学物質を操作することも可能かもしれません。生物の代謝はもともと、物質を別の物質へと変換するプロセスの集合です。それを設計し直すことで、有用な物質や反応に特化させることができます。

さらに、材料や構造物を「つくる」ことも目標の一つです。生物は、成長というプロセスと分子レベルの機械仕掛けによって、もともと非常に複雑な形を自ら組み上げています。合成生物学は、この構築能力をこれまでにない応用へと広げようとしています。

エネルギーや食料の生産も重要なターゲットです。生物はすべて、エネルギー変換に依存しています。したがって、生物の機能を設計し直せば、エネルギーや食料に関わる新たな解決策をもたらせる可能性があります。

最後に、合成生物学は人間の健康や環境の維持・改善にも貢献しようとしています。つまりこれは単なる技術分野ではなく、「生命とは何か」を深く理解しつつ、暮らしをよりよくするための実践的なツールとして生物学を捉え直すビジョンでもあるのです。

哲学的な引力

人工生命は、工学だけの話ではありません。私たちの「生命観」そのものにも関わるテーマです。何世紀にもわたり、人々は「生命とは、複雑に配置された物質にすぎないのか」「特別な生命原理のようなものが必要なのか」「形や目的、組織化といった観点から理解されるべきなのか」と議論を続けてきました。現代生物学は、細胞や分子、進化、エネルギー変換にもとづいて生命を説明しますが、「生命とは何か」という問いに、誰もが納得する唯一の答えがあるわけではありません。

だからこそ、人工生命は強い知的な魅力を持つのです。細胞のようにふるまうシミュレーションシステムや、生命らしい行動を示すロボット、工学的に設計された新しい生物機能の一つひとつが、ある種の「テストケース」になります。それらはすべて、「どこからが生命なのか」「生命はどうやって自らを維持しているのか」「本質的な特徴は何なのか」を、より慎重に考え直すきっかけを与えてくれます。

その意味で、「自然が生まなかったものをつくる」ことは、自然そのものをより鮮明に見つめ直す行為でもあるのです。

合成生物学が新しい機能を設計するように、あなたの好奇心も設計して育ててみませんか?DeepSwipe をダウンロードして、毎日の知識を自分好みに「エンジニアリング」しましょう。